2014年2月7日
Photo: UN Photo/Logan Abassi.
カリブ海地域は、干ばつ、洪水、ハリケーンを含む数々の自然災害に極めて影響されやすい。気候システムの変化の結果、こうした災害の頻度と強度が増しているため、災害は居住者にさらなる負担を強いている。また、同地域が経済的に依存している観光業や農業といった、気候に左右されやすい業種が災害に大打撃を加えられるため、経済成長にも深刻な損害を与えている。
リスクと損害を回避し、自然災害への人的レジリエンスを強化するために、各国政府は準備を整える必要がある。しかし開発途上諸国では、政府の支援能力が非常に限られている場合が多い。自然災害に伴う損失と損害の影響が、貧困の事例と深刻度を高めるために、開発を遅らせる可能性がある。貧困と脆弱性は基本的に結びついている。すなわち、貧困層の人々の方が気候のリスクに対処する資源が少ないため、極端な天候事象が起こるたびに彼らの資源基盤はさらに縮小し、貧困はさらに深刻になる。
では、低所得層の島の人々がこうした課題に直面した場合、何をすべきだろうか? 研究によると、気候変動によって影響を受ける国民の社会的脆弱性と貧困を低減する上で、気候リスク保険が重要な役割を担うことが明らかにされている。リスク予防に多額の投資を行えない開発途上経済国にとって、保険市場へのリスク移転は費用効果の高い選択肢になり得る。また保険は、災害が起こった場合の公共予算の負担を軽減する。しかも重要なことには、ミュンヘン気候保険イニシアチブ(MCII)による新しい報告書が説明しているように、気候リスク保険を通じて経済的セーフティーネットを貧困層に提供すれば、深刻な天候事象に見舞われた際に世帯はどうやって状況から回復するかを心配するのではなく、彼らにとって最も重要な事柄(例:農業、教育、食料)に集中しやすくなる。
この報告書はMCIIの「Climate Risk Adaptation and Insurance in the Caribbean(カリブ海諸国における気候リスク適応策と保険)」プロジェクトから誕生した。ドイツのボンに拠点を置く国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)が主催するMCIIは、ミュンヘン再保険会社(世界最大の再保険会社の1つ)によって2005年に設立された。保険会社、気候変動と適応策の専門家、非政府組織(NGO)、政策研究者が参加し、気候変動がもたらすリスクへの対策に共同で取り組んでいる。
プロジェクトは脆弱な低所得層のために、天候の物理的変数をベースとした保険による対策を開発した。従来の保険とは異なり、保険金の支払いは実際の損害に基づくのではなく、降水量や風速が一定の数値を越えたかどうかに基づく。つまり実害の評価に時間を掛ける必要がないため、保険加入者はより迅速に支払いを受け取ることができる。その結果、被害者の回復に弾みがつき、再建や災害からの復興をより迅速に行うことが可能になる。
この新しい報告書は政策や開発の実務担当者向けハンドブックとして編集されており、広い分野を網羅している。「Climate Risk Adaptation and Insurance: Reducing Vulnerability and Sustaining the Livelihoods of Low-income Communities in the Caribbean(気候リスクへの対応策と保険:カリブ海諸国の低所得層コミュニティーの脆弱性を低減し、暮らしを支える)」と題された報告書は、保険だけに焦点を絞っているのではない。適応策の理解を深めたいと望む人にとって、気候変動のリスクに適応する上でいかに保険が重要かを示す見事な解説書として役立つだろう。
報告書の第1章では、ハリケーン・アイバンの被害など実際の事例を取り上げて、カリブ海諸国を脆弱にする要因を包括的に考察している。2004年に起こったハリケーン・アイバンは8カ国に無視できない被害をもたらした。グレナダだけでも被害総額は8億USドルと推計されており、この数字は同国の国内総生産(GDP)のおよそ2倍だと報告書は記している。第1章は物理的損害に伴う直接的な費用だけではなく、災害復旧の結果には典型的に次の状況が伴うと解説している。(1)政府が復興作業に支出する上に、歳入源は混乱に陥るため、財政状況が悪化する(2)輸出力が損なわれ、復興のための輸入が急増するため、貿易収支が悪化する(3)貿易収支の悪化や、政府の返済能力に関する海外投資家の懸念によって、為替レートへの下降圧力が生じる(4)インフレ圧力が生じる。
さらに第1章は、カリブ海諸国災害リスク保険機構(CCRIF)による「Economics of Climate Adaptation in the Caribbean(カリブ海諸国における気候適応策の経済)」(ECA)という画期的な調査を要約している。ECAの目的は、3つの気候シナリオに基づいた気候リスクから生じると予測される現在および未来の損害を中心としたベースラインリスクの評価と、予測される費用やリスク緩和策および移転策の利益を分析することだった。
「CCRIFによるECAプロジェクトから、幾つかの主要な地域に関する結果が得られた」とハンドブックは記している。「そのうち1つの結果に含まれる事実だが、現在の気候および経済の状況下では損害の可能性はすでに高く、予測される年間被害総額はカリブ海諸国の一部の国のGDPの6%に上る。このような経済的損害は、深刻な景気後退が継続的に生じている状況に規模としては匹敵する」
最後に第1章は、過去数年間にわたる国連気候変動枠組み条約会議での損失および損害に関連した議論の進捗を読者と共に振り返る。
第2章は気候に強い開発についての考察から始まる。「大規模な災害に伴う支出が増えると、国の開発目標は脅かされる。さらに、災害の頻度と強度が増せば、結果的に食料や水や人間の安全保障が低くなる可能性があり、その状況を看過すれば、貧困への下方スパイラルにつながりかねない(アンダーソン、2011年)。従って気候に強い開発には、統合された計画過程が必要である。現在および未来の気候上の危険に伴うリスクを理解し、管理するためのリスク管理戦略の応用は、気候変動への適応に向かう実用的かつ確実な一歩となる」
次に、第2章はリスク管理に関する主要なコンセプトと構成要素に注目する。例えば、世界銀行防災グローバル・ファシリティが推奨する、レジリエンスの構築と気候変動適応策へのアプローチを概要している。リスクの特定および評価から災害後の経済対策まで、あらゆる分野を網羅している。
第3章で初めて保険を中心とした話題が登場し、リスク移転とその活用や限界について説明している。同章では強化された気候へのレジリエンス(すなわち天候リスクへの取り組み)において役割を担う可能性のある幾つかの異なる方法に言及しており、それらを大きく次の4つのグループに分類している。国家の災害リスク移転、農業保険、資産大災害リスク保険、災害マイクロインシュランスだ。本章における考察は広範囲かもしれないが、狭量とは程遠い。例えば「農業リスク管理のための枠組み内での保険」や「気候適応策における従来の資産大災害保険の役割を評価する際に考慮すべき重要な事柄」など、貴重な背景を提示する節も含まれる。
最終章である第4章では、「カリブ海諸国における気候リスク対応策と保険」プロジェクトに関する背景が紹介される。この章は、同地域における保険の必要性がどのように具体化したのかを説明すると共に、このプロジェクトが天候の物理的変数をベースとした保険商品2種を個人向けと融資機関向けに開発するきっかけとなった研究と調査を要約している。
生計保護保険(LPP)は、豪雨や強風から復旧しようとする脆弱な低所得層の世帯を支える。LPPは極度の天候事象の直後に現金で保険金を支払うため、加入者はすぐに再建することができる。ローンポートフォリオ保険(LPC)は、農村部の開発銀行、信用組合、その他の融資機関のための商品で、気候による打撃からローンポートフォリオを守るものだ。LPCに加入した金融機関の顧客は守られ、天候による危険が及んだ際に金融機関は債務不履行に直面しない。LPCに加入すれば、金融機関は極度の天候事象の間もその後も安定を保つことができ、金融機関内で準備金を積み立てておく必要がない。
こうした手法や、さらに言えばこのハンドブック自体も、プロジェクトの包括的な目的に合致していることは容易に分かる。その目的とは「気候リスク保険を災害リスク低減戦略という広範囲な枠組みの中に統合することによって、対象となる国が社会的レジリエンスを高め、持続可能な適応策を奨励できるように支援すること」だ。
このハンドブックは「Mapping a Course for Future Action(将来的な行動の方向性を打ち出す)」と題された節で終わる。そして、その課題は困難に見える上に、カリブ海諸国は政策の必要性や優先順位に影響を及ぼすその他の問題(金融危機、人口統計上の変化、変わりつつある経済および社会構造)も数多く抱えている点を報告書は認めている。しかしハンドブックは意思決定者に「気候リスクに取り組む手法の検討を先延ばしにする誘惑に駆られて」はいけないと力説する。極めて重要な次のステップとして、ハンドブックは、カリブ海諸国の意志決定者たちが国内外の議論の場で開発された多くの道具を利用すること、また政策、科学、実務の専門家たちが、カリブ海諸国が気候リスクに取り組み始めるのを支援することを挙げている。とはいえ、このハンドブックはカリブ海諸国だけではなく、同地域と同じように脆弱な地域でも多くの必読書リストに載るはずだ。
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レポートのフルバージョンは UNU-EHS websiteのウェブサイトよりダウンロードできます。