2012年1月25日
科学(気候科学者)と政治(外交官や外務省役人)は常に同じ言語を話すとは限らない。 しかし気候変動外交(気候変動問題に関する政府間の交渉)の場では、この2つを「政略結婚」させざるを得ない。
小島嶼開発途上国(SIDS)など脆弱な国々の特殊なニーズに対処するには、科学と政治の間に、「共通だが差異ある責任」の原則が国際システムの不均衡を理解し対処するためのカギであるというコンセンサスが必要だ。
この原則は、国際環境交渉における先進国と途上国の間にある特に技術、財政、経済、人的能力において差があることを認識するものだ。不均衡であると はいえ、どの国にも共通してふりかかる地球環境問題に対し、それぞれの国の能力と開発レベルに応じて共に努力し対処する義務がある。
しかし先進国には、たとえ世界共通の問題ではあっても、より大きな責任を負う義務がある。環境法に関する世界的権威ダニエル・エスティ教授はこう述 べている。「簡単に言えば、環境的に相互依存する世界で『ただ乗り』は許されないということだ。公正という観点からすれば、貧しい国々は当然豊かな国々に 対し、より大きな経済的負担を期待していいし、期待すべきだ」
「共通だが差異ある責任」の歴史
多国間環境協定では(少なくとも1970年以降は)、この原則が世界的環境管理における承認基準として認められている。例えばストックホルムの人間環境宣言(1972年採択)の原則9は「開発途上国の自らの努力を補うための相当量の資金援助および技術援助の提供」を求めている。同様に、ストックホルム宣言の20年後には「環境と開発に関するリオ宣言」(1992年)の原則7、9 で「共通だが差異ある責任」が再びうたわれている。
気候変動に特定すると、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第3条(1)は「締約国は、衡平の原則に基づき、かつ、それぞれ共通に有している が差異のある責任 及び各国の能力に従い、人類の現在及び将釆の世代のために気候系を保護すべきである。 したがって、先進締約国は、率先して気候変動及びその悪影響に対処すべきである」としている。
このように多くの多国間環境協定においてこの原則が繰り返し明文化されている。つまり気候変動外交ではこれが基本的な原則として国際社会に広く受け 入れられているということだ。気候変動に関するインド首相特使、シャム・サラン氏によると、この原則は「歴史的な責任を認めたものです。つまり気候変動は 2世紀にわたり先進国が化石燃料を使用して産業化を進めた結果、大気中に蓄積された温室ガスによって引き起こされたものだという認識です」
だが、これは先進国のみが気候変動緩和の責任を負うべきだという意味ではない。先進国がリーダーシップを発揮すべきなのである。
サラン氏はこうも述べる。「途上国にも義務はあります。それは経済的社会的発展と貧困撲滅という目標に向かいながらも環境的に持続可能な道を模索することです」
SIDSの脆弱性への取り組み
世界人口の約5%の人々が住むSIDSでは、気候変動による地球規模の問題の影響はより深刻だ。国連気候変動政府間パネル(IPCC)は、2007年統合報告書で 「今世紀半ばまでに、気候変動は、カリブ海や太平洋などの多くの小島嶼において、小雨季における需要を満たすのに不足するところまで水資源を減少させると 予測される」という結論を発表した。さらに、「海面水位上昇は、浸水、高潮、浸食及びその他の沿岸災害を悪化させ、その結果、島の地域社会を支える肝要な インフラ、住宅地、及び施設を脅かすと予想される」
こういった予測の多くを裏付けるのが、UNFCCC事務局による2008年の「Climate Change: Impacts, Vulnerabilities and Adaptation in Developing Countries(気候変動:影響、脆弱性、発展途上国における適応策)で、そこには「カリブ海、インド洋、北太平洋、南太平洋の全ての小島嶼国は温暖化に直面する」とある。
SIDSが持続可能で効率的な開発を行うには(それはほとんどの途上国にとっても同様だが)、気候変動対策と緩和に対する膨大な財政資源、技術移転、そして何より効果的な国家、地域、世界レベルの政策と統治の枠組みが必要である。
融資・資金提供に関する様々な提案がなされ、UNFCCCの下、適応基金が 設立された。現在、適応基金はクリーン開発メカニズム(CDM)の収益のごく一部(2%程度)を受け取っている。気候変動の交渉担当者のうち、特に途上国 の代表は適応基金の資本増加を求めている。サラン氏によると、「インドその他の途上国は、先進国のGDPの0.5%から1%をUNFCCCの気候資金とし て割り当てるべきだという考えを示しました」現在の適応基金の資金収入は、SIDSに必要な全ての適応計画をまかなうには不十分だ。
交渉担当者の多くは、UNFCCCの適応基金の統治構造は平等で先進国・途上国双方からのバランスが公平であると賞賛している。だが、メキシコ、インドその他の途上国が設立を提案している 「グリーン気候基金」に関してはその賞賛の言葉は当てはまらない。もし、このような基金の設立が交渉で合意される場合には適応基金の構造にならうべきだろう。
SIDSとしては、新たな気候変動統治機構ができるとすれば、それが「国際社会」(特に、最大のガス排出国)による小島嶼国独自の脆弱性に対する責 任と義務をどこまで明記できるか注目するところだ。SIDSは、この国際的システムの不均衡の中、どれだけ効果的にこの交渉を率いていくことができるだろ うか。そんな中、技術移転は極めて重要である。
先進国・途上国双方にグリーンテクノロジーを広めるメカニズム作りのため、気候変動会議では数多くの提案がなされてきた。その多くが「官民の協力体 制」を強調している。だがそのようなテクノロジーを公共財として使用するために必要なライセンスを得るには、当然知的財産「権」がからみ、「誰が知識経済 を所有するのか」という問題が提起される。
この技術的難問に対し、インドは「地域と地方が、それぞれの状況や特殊性を考慮に入れた緩和と適応促進対策を立て、そのイノベーションセンターのグ ローバルネットワークを築くべき」と提案した。サラン氏は、この達成に必要なことは次のことであると考えている。「主要テクノロジーに関する協力にはグ ローバルプラットホーム設立が必要です。例えば太陽エネルギーによる発電と蓄電、バイオマスエネルギー、一連のクリーンな石炭利用技術などです。これらは 公的資金により政府主体で行われるべきですが、官民の協力体制があるに越したことはありません」
SIDSのほとんどが未開発、または発展が非常に遅れている、あるいは開発途上の状態であるため、1)新たなテクノロジーを生み出すための高度な科 学的知識、2)新テクノロジーを公正・公平な条件で入手するための財源、という2つの点で「技術的にも経済的にも困難」な状況にある。よって転換技術を生 み出すための世界中の科学技術の能力を集約するには 「共通だが差異ある責任」という尊い原則をうわべだけでなく実際に固く守らなければならない。
今後の道
サステイナビリティと平和研究所が開催した「気候変動外交と小島嶼国」 に関するワークショップの基調講演で、ベリーズにあるカリブ共同体気候変動センターのカルロス・フラー副所長は「SIDS は1990年以降、気候変動の交渉において非常に有能で、その地位をもう21年も維持しているのですが、その努力の成果はまだ得られていません」と述べ た。
フラー氏は、SIDSが気候変動の影響と闘うために必要な適応計画を採用してこなかった理由は多くあると説明している。第一に、気候変動対策担当者 には、自国の任務や仕事がある。第二に気候変動の介入は、気候変動の重要事項とはほとんど、あるいは全く関係のない部門が行う場合が多い(例えば農業部門 の多様化には農林省が積極的に関与する必要がある)。 しかも関係当局は地元の気候変動の専門家による警告に耳を貸すとは限らない。
そこで、SIDS内には能力強化と政策の一貫性が必要となる。SIDSは「小国」であるため、国際フォーラムで気候に関する事項を効果的に交渉する にはその能力が必要なのだ。フラー氏は次のように述べる。「SIDSの代表団は気候変動会議において気おされがちです。締約国会議にはいまや1万人から1 万5千人の参加者が集まりますが、2年前のコペンハーゲンでは4万人にまで膨れ上がりました。2、3人でなる小さな国の代表団は本会議、サイドイベント、 ブースなどを渡り歩きます。2週間の会議の終わりにはいくつかの決定事項が示されますが、それには自分たちの意見は全く取り入れられておらず、その文言も 彼らの関心事とは無関係なものです」
環境に関し、共通の開発問題や懸念を抱える小さな島国と低地の沿岸国の協力機構である小島嶼国連合(AOSIS)の設立はSIDSの交渉能力を強化した。世界各地域から集められた42カ国の会議参加者は基本的には国連システム内の特別ロビー活動、SIDSの交渉の意見表明役として機能している。
AOSISの努力が持続可能であるためには、気候変動外交は技術的、財政的、政策的ニーズに実用的な方法で取り組まなければならない。これは「慈善」だの「援助」だのという話ではない。国際コミュニティ全体が彼らに対して負う義務なのである。
これを達成するには世界の自然資源が足りないということはない。それらを公正、平等に配分できる統治機構のみが、SIDSのニーズを探り、尊重し、国民国家間の不均衡と社会経済的不平等という性質を持つ地球村の脆弱な社会ならではの期待に応えることができるのだ。
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本記事はサステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)が 資金援助する現在進行中のリサーチ 「Climate Change Diplomacy: ‘Common But Differentiated Responsibility’ — Past Lessons, Challenges, and Future Directions for Small Island Developing States(気候変動外交:「共通だが差異ある責任」小島嶼開発途上国過去の教訓、挑戦、未来への方向性」 を元にしたものである(より詳しい内容は国連大学ウェブサイトの英文に掲載)。2011年7月、サントドミンゴ・カトリック大学にて「気候変動外交と小島嶼開発途上国」というテーマで初のワークショップが開催 されベリーズ、ガイアナ、ドミニカ共和国、 東ティモール、 セントビンセントおよびグレナディーン諸島、バルバドス、スリナムの代表者が参加した。このワークショップは東京のUNU-ISPのアカデミック・プログ ラム・オフィサー兼、UNU-ISP「国際協力と開発」部門長、オジビフォー・アギナム氏、英国ブラッドフォード市のブラッドフォード大ロースクール講 師、ウィリアム・オンジブ氏がコーディネーターを務めた。