2011年11月8日
Photo: David Gilbert/RAN
東南アジアは、世界の植物や動物、海洋生物種の約20%を擁する生物文化多様性のホットスポットだ。その中でも、インドネシア、マレーシア、フィリピンの3ヵ国には、世界に25ある多様性ホットスポットのうち4カ所がある。その山地性の生態系でも特筆に値するのはシダ、コケ、ランの多様性である。
しかし今日、この地域の多様な生物資源は、気候変動および人間活動に関係する多くの要因によって脅かされている。実際に絶滅した種の数は少ないとはいえ、比較的最近になって広まっている森林破壊と、それに伴う自然生息地の分断により、今後数年で生物多様性の減少には拍車がかかると見られている。
2010年、国連大学高等研究所(UNU-IAS)と北海道大学全球陸域プロジェクトの研究の一環として、私たちは東南アジアにおける生物多様性減少の原因調査を実施した(レポートはこちらから、 また参考資料は本ページ右側のサイドバーからダウンロードしてください)。その結果、明らかになったのは、生息地の転換、劣化、分断など、生息地破壊に関わるさまざまなプロセスが、同地域の生物多様性の減少に結びついているということだ。この地域では、保護や再植林のプロジェクトも実施されているが、森林破壊や劣化のスピードの方が速い。森林破壊には、直接的要因と間接的要因があるが、いずれに対しても現在は適切な政策介入もインセンティブも存在しない。この状態が今後も続けば、東南アジアの生物多様性の4分の1は2100年までに失われてしまうかもしれない。
幅広い意味では、生息地破壊のプロセスは直接的要因と間接的要因の両方の作用により進行する(図1)。生物多様性喪失の直接的要因に含まれるのは、生息地に直接的な影響を与える人間の活動、すなわち、農地拡大やバイオ燃料生産、木材伐採、インフラ開発、バイオマス燃焼などである。これらは主に地域規模で行われている。
一方、間接的要因に含まれるのは、人口増加や貧困、都市化、政策の失敗、制度の失敗、貿易のグローバル化、それにもちろん気候変動とその変動の大きさなどである。直接的要因と比較すると、間接的要因は全国あるいは地球規模にわたる場合が多い。
生息地破壊以外で、生物多様性の喪失に影響を及ぼすその他のプロセスには、過度の生物資源利用や外来種の導入などがある。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告によると、世界では30%近い種が絶滅リスクを高めており、生態系の約15~40%が気候変動の影響を受けている。気候変動の要因は生物多様性に直接的にも間接的にも影響を及ぼす。直接的な影響の大部分は気温と降雨量の変動に関係しており、それらは個体、個体群、種の分布、生態系の構成および機能に影響を及ぼす。
たとえば、気候変動により、一部の種はより適した生息地を求めて、高所に移動する可能性がある。実際、1971年から1999年にかけて、東南アジアで鳥類の生息地の高度を分析した結果、地球規模の温暖化に伴い、一般的な94種の生息地は、上限も下限も、より高い地点に移動していた。この上方移動は対象とした鳥類の生息地の特異性に関係なく起こっていた。つまり気候変動は、同地域における人間活動による生息地破壊に相乗的に作用することがある。この点で、気候変動は、気候条件と生息地が限定されている、すでに脆弱な種について、絶滅リスクを増大させると考えられる。
気候変動の間接的な影響としては、地球温暖化にきわめて関係が深い、エルニーニョ現象がもたらすものが挙げられる。エルニーニョ南方振動(ENSO)により太平洋東部の温度上昇が進むと、干ばつや大火災が発生する危険性が高まる。ENSOは、低質な土地管理手法と相まって、東南アジアで大火災を増加させる主な要因とされている。また、ENSOが引き金になって、東南アジア全体が干ばつ状態に陥ることにより、森林の枯死率や可燃性も著しく高まる。たとえば、1997年から1998年にかけてインドネシアで発生した大火災では、広大な泥炭地と森林が失われたが、その際もENSOの影響が大きかった。インドネシアのオランウータンは、この一連の火災により、生息地だけでなく、1000頭(生息数の2.5%)の仲間の命を失った。
生物多様性の減少に最も甚大な影響を与える人間の活動には、農地拡大、都市化、絶滅危惧種の取引などが含まれる。東南アジアのほとんどの国では、農業が今日でも国内総生産(GDP)の大きな割合を占めている。さらに重要なこととして、1960年代以降これらの地域では、ほとんどの国が耕作面積を倍増させることで生産高を伸ばしてきた(図2)。農地拡大は専ら自然の生態系、特に原生林を犠牲にして進められている。
農地拡大は、世界でも最も深刻な栄養不足に直面する地域で行われるものと考えられがちだが、興味深いことに、農産物貿易の増加も同時に起こっている。たとえばインドネシアとマレーシアでは、パーム油の生産が1960年代以降に急増し、今日ではこの2ヵ国だけで世界市場の90%以上を占めている。
農地拡大は環境に深刻な被害をもたらしている。特に、油ヤシプランテーションは多くの場合、原生林や二次林を破壊して造成されている。調査によると、マレーシアでは新たに造成された油ヤシプランテーションの55%-59%、インドネシアでは少なくとも56%が、原生林の破壊によるものだ。1990年から2005年にかけては、マレーシアでは100万ヘクタール、インドネシアでは170万から300万ヘクタールの森林が、油ヤシプランテーション造成のために失われている。国内および国際市場でバイオディーゼル用のパーム油需要がさらに伸び、これらの2ヵ国でプランテーション拡大がますます進むと、以前にも増して森林破壊が深刻になることが危惧される。
原生林と比較すると、油ヤシプランテーションで生息できる鳥や蝶の種の数は少ない。構造的に複雑な生息地にもならないため、生存期間は短くなり、さらには深刻な生息地の分断も起こりうる。これまでも大抵の場合、油ヤシプランテーションに転換された後、森林に生息していた種の大多数は失われ、保護価値がそれほど高くない、非森林系の少数の種が入ってきた。
東南アジアにおける生物多様性の喪失に人間活動が影響を及ぼす間接的な要因としては、危惧種の取引も大きな問題だ。ワシントン条約 (CITES) によると、多数の東南アジア固有種が違法な取引によって絶滅の危機にさらされている。同地域では、野生生物の取引は合法・非合法の両方のネットワークで行われており、高い利益が上げられるビジネスになっている。野生種の非合法な取引により、自然生息地における個体数は減少し、また商業的に価値の高い生物多様性は著しく損なわれている。
東南アジアにおける生物多様性の減少は非常に複雑な事象で、政策やインセンティブを組み合わせて取り組む必要がある。最近では、生物多様性喪失の直接的な要因、すなわち伐採やバイオ燃料拡大が最も注目を集めている。だが、生物多様性に影響を及ぼす要因のほとんどは相乗的に作用するため、直接的な要因や単独の要因を対象として保護の取り組みを考えても、十分な効果は発揮しないであろう。つまり、東南アジアでは複数レベルの政策対応と複数の関係者の集中的な努力が必要なのである。私たちは論文において、同地域で生物多様性の減少を阻止するための政策対応を議論した。その一部を以下に要約する。
監視と規制 — 世界銀行と TRAFFIC(野生生物の取引を監視するネットワーク)は、危惧種の違法取引、さらにはそれが東南アジアの生物多様性に及ぼすリスクを最小限に抑えるために主要な地域を明確にし、いくつかの介入手段を掲げている。その中には、取引監視メカニズムを改善することから、インフラ計画に野生生物取引に関する懸念を盛り込むこと、取引ネットワークの中でも強力なグループには集中的に介入を行うこと、複数機関から成り、管轄を超えた法執行力を構築することまで含まれている。
持続可能な土地利用と生産手法 — パーム油生産が環境および社会経済に及ぼす悪影響を軽減するためには、政策による取り組みと良好な手法を組み合わせる必要がある。その中には、パーム油の生産は劣化した農地あるいは放棄された農地で行うようにすること、管理手法を改善、より環境に優しいものにして取り入れること、複数の関係者(例:持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)など)が関わる認証制度を策定すること、持続可能なパーム油生産を確実にするために適切な金銭的インセンティブを設定することなどが含まれている。
研究と教育 — 東南アジアにおける気候変動の影響に取り組むには、緩和策と適応策を組み合わせる必要がある。またそのためには、研究者と自然資源管理者の緊密な連携が求められる。しかしながら、同地域固有の生態系の適応能力については、科学的な情報がまだ少ない。同地域の生態系の価値と農業システムを考えると、政策担当者と研究者が国と地域の両方のレベルにおいて一層努力し、生物多様性の損失の要因を明確にし、適応することが欠かせない。
研究者と計画者、政策担当者、民間セクターが共同で研究を行い、政策対応を策定することが、気候変動、生物多様性、土地利用計画、社会経済発展の研究の結びつきを強化するのと同時に重要である。また、アジアの大学機関は、地域および国際社会のために、経験の共有を促進し、高等教育機関の役割を強化して、同地域に関する新たな知識の移転および適用を行うことができるだろう。
翻訳:ユニカルインターナショナル