生物・文化的豊かさを守る神聖な森

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  • 2011年10月27日

    顧 鴻雁

    生物・文化的豊かさを守る神聖な森

    Photo: Xueli Chen

    神聖とされる森林、山、川などの自然地域は、おそらく世界で最も古い保護区域の形態である。このような地域はほとんど全ての国や文化で見られ、生物学的、文化的多様性を保護するために不可欠な役割を果している。

    生物多様性条約事務局や国連教育科学文化機関(UNESCO)など多くの国際機関がガイドラインを作成し、神聖な自然地域の認知、保存、復興を図っている。目指しているのは、伝統的知識と文化慣習を、環境保護活動に結び付け、それによって公的な保護地域以外にも環境保全の努力を広めていくことだ。

    そのような自然地域で、文化的・生態的に統一された形態を維持しようという動きは、国際的なレベルでは前進しているが、地域レベルでどのように具体的な戦略を立てるかという段階においては課題が多い。自然地域では、急速な社会的・経済的変化による影響が強まるばかりだからだ。特に途上国の神聖な自然地域はインフラ整備、観光業、商業的農業、そしてなんと言っても、その世俗化によって、マイナスの影響を受けやすい。問題は、そのような地域が単に生き残れるかどうかだけではなく、変化しつつある社会・経済状況に適応し、成長していくことができるかどうかである。

    地域特有の生物文化多様性の保全

    中国南西の雲南省石林イ族自治県に住むサニ族の例は参考になるであろう。石林とは「石の林」という意味で、木のような形をした鋭利な岩がいくつも突き出る、雄大なカルスト地形で有名な地域である。ここは2007年にUNESCOの世界遺産に登録された中国南方カルストの一部だ。

    雲南省の主要な観光名所である石林には、毎年、中国国内外から数百万人の観光客が訪れる。だが、あまり知られていないのは、石林には神聖な林が点在していることだ。そこでサニ族が密枝神など土着の神々を敬う。

    「密枝(ミーズー)」という語はサニ族の言語の音訳で、地域の保護、繁栄、豊かな収穫を表している。サニ族でも地域ごとに慣習は異なるが、密枝祭はたいてい中国暦の11月に7日間連続して行われる。

    この祭りは神聖な森で行われる1日がかりの儀式から始まる。そこには、適格と見なされた成人男子が「毕摩(ビモ)」と呼ばれるシャーマンに導かれて宗教儀礼を行い、密枝神に生けにえを捧げる。この式が終わると、村人全員でその生けにえを分け合う。密枝祭の期間中はあらゆる農作業が禁じられる。密枝神が耕作地を巡回していると信じられているからだ。守らなければ家族や地域に不幸が訪れるのだ。

    この休息の時間を利用して、男たちは狩りや釣りに出かけ、女たちは刺繍や縫い物をする。1週間にわたる儀式はサニ族にとって最も重要なものだ。それは地域の結びつきを強めるだけではなく、神聖な森とそれに関する慣習法と習わしの保護をも意味するからだ。信仰に基づいた管理システムは環境保護と文化的慣習およびアイデンティティの継続に欠かせない役割を果している。

    変化の波による満ち欠け

    しかしながら、このような管理の習わしを文化的、生態系的に強化し続けていくことは難しい。ここ50年の間にサニ族の森にはプラスとマイナスの両方の変化が現れた。中国の大躍進政策(1958-61)により、最も樹齢の高い大きい木々が、製鋼用の炉や運搬車両の生産のために切り倒され、森は深刻な影響を受けた。

    その後の文化大革命(1966-76)は、森の生態系に更なるダメージを与え、地域の信仰体系もあわや息絶えるところだった。密枝神の信仰は、いわゆる「四旧」(旧文化、旧思想、旧風俗、旧習慣)にあたるとして攻撃の対象となったのである。政府が密枝祭を解禁したのは1980年代初期のことだった。

    政府は民間信仰を徐々に受け入れるようになっていったが、サニ族の村の森林生態系は悪化の一途をたどった。1981年、農業における「生産責任制」(このシステムの一部は、平等主義的供給に取って代わり、国家に上納する作物が減り、それ以外の余った農作物を自由市場で販売することができるようになった)が導入されるとすぐに、収穫の多い作物栽培のため、土地開墾の新たな波が押し寄せた。より近年では、タバコのように金になる作物への需要が高まり、商業的農業が広まっている。

    急速に変化している社会経済状況は、伝統的生活様式と、地域の生活を支える環境に、かつてないほど大きな圧力をかけている。若い村人が次々によりよい就職先と教育を求めて都市へ流出してしまい、文化的遺産や社会的習慣を保存することは難しくなる一方だ。また、伝統的価値もメディアと通信技術の浸透とともに失われつつある。これらの要因により、地域社会と土地のつながりが弱まり、その結果、神聖な森の自然な状態の維持にも悪影響を与えている。

    地域主体・多様な利害関係者によるアプローチ

    これらの問題に対処しようと、多様な利害関係者による、伝統的、文化的習慣と資源管理システムを保護し活性化するための統合的アプローチが開発された。1998年には、雲南大学はフォード財団の支援を受け、地域主体の新たな農村開発モデルを作るため、「民族文化生態村」という1つの実験プロジェクトを開始した。

    雲南大学生態環境人類学研究中心の主任である尹紹亭教授が中心になって行われたこのプロジェクトでは、地元の地域社会、専門家、政府機関の相乗効果により農村の生活様式と環境を改善する方法が模索された。参加した村人たちは、人類学的研究の対象になるわけでも、政府の貧困削減プログラムを一方的に施されるわけでもない。彼ら自身が主体となって、伝統的知識と文化を評価し、地域に最適な方法を探る機会が与えられたのである。

    プロジェクトチームは、人類学の他に、民族植物学や建築学などの専門家によって構成され、相談役、取りまとめ役として働いた。その一方で、地方自治体の役割は政策と経済支援を提供するにとどまった。雲南省のうち6つの村が試験用の村として選ばれたが、そのうち石林県の月湖村は、保存状態の良い森の景観で特に際立っていた。

    石林の観光地から数キロ離れたところに位置する月湖村へは、公共交通機関で簡単に行くことができる。都心に近いにも関わらず、月湖の伝統的慣習はこの半世紀の劇的な変化に耐えて生き抜いた。これは主に、村人たちの精神的忍耐力と、親族関係や地域の強いきずなを通して保たれ、結束した社会機構のおかげであろう。木々の生い茂るこれらの土地には神聖な区域と礼拝所が点在している。密枝祭と、精神的な重要性を持つ特別な場所での季節ごとの儀式を通して、月湖の村人たちは共同体のアイデンティティと土地との親密な関係を発展させてきたのだ。

    植物保護に関する文化的信仰の重要性を知るために、プロジェクトチームは月湖村の伝統的知識の調査と資料作成に乗り出した。サニ族の定年となった教師たちは自分たちの知識と経験に基づいて教材を書く方法を指導された。さらに、彼らは各世帯を訪れ有形文化財について調査を行うよう依頼された。所有者の詳細とともに170項目が記録され、地元の文化遺産保護への意識を喚起することとなった。

    保有林の管理を強化するため、生態村委員会は、違反者に対する罰金も含めた行動規範を定めた。神聖な区域と礼拝所を示すため、木製のラベルと石造りの壁も作られた。このような場所に続く道は環境への影響がないよう最大限の注意を払って整備された。

    実験プロジェクトを超えて

    実験プロジェクトは2004年に終了したが、その後も月湖の村人たちは、地域発展のために資源を投入する努力を継続した。石林県政府はこれに応え、インフラ整備と文化施設設立のため資金を提供した。2005年には、月湖村は石林県政府が主催する民族・エコ文化ツーリズムを促進する計画「阿诗玛民族文化生態旅遊村(阿诗玛民族・エコカルチャーツーリズム村)」に含められた最初の地となった。このプログラムは選ばれた村の豊かな文化遺産を利用して、文化的生態系的ランドスケープを保全し、観光業によって環境保護と貧困削減に最大限の貢献をする目的で作成された。

    現在も行われているこのプロジェクトは石林県政府民族宗教事務局と文化体育局が運営している。同局のスタッフは1998年から実験プロジェクトに参加しており、試行錯誤によるノウハウを蓄積している。そのノウハウを他のサニ族の村、大糯黑村などでも応用している。

    大糯黑村は素朴な石造りの家の集落で知られる。二階建てのテラスハウスの外壁沿いに、納屋、家畜用の囲いや餌置き場がある。これが伝統的農業のランドスケープを作っているのだ。同局のスタッフと雲南大学の専門家たちと協力しながら、大糯黑の村人たちはそれぞれの家の庭から大きな通りまで石畳の道を敷いた。密枝の森を取り囲む石の囲いも、観光の目玉となっている。

    インフラ改善と共に、大糯黑の村人は伝統知識の発掘と資料制作にも積極的に参加している。最近では同局からデジタルカメラとビデオカメラを入手し、密枝祭のような文化的イベントを記録している。さらに、自らの民族誌を書くため、雲南大学によって選ばれた代表者たちが村の日記をつけることとなった。村の博物館も建設され、大糯黑とサニ族の歴史と文化が展示されている。

    大糯黑の実績が評価され、大糯黑村は2009年に昆明で開催された第16回国際人類学民族学会議(IUAES)において現地調査の場所の1つに選ばれた。このことは、大糯黑の村人たちに、自らの文化に対する大きな自信とプライドを与えることとなった。

    多様な利害者が関わるこのような地域主体のアプローチが、石林以外の場所でも同様の効果が得られるかどうかは、今後に期待されるところだ。伝統の文化規範への自信が強まる中、生活様式と精神追求が反映される神聖な森の管理を地域社会が継続的に行っていくことが望まれる。このような地域密着の環境保全努力は、研究機関、政府機関、その他利害者からの更なる支援を受けるだけの価値があるだろう。