2012年8月20日
写真:ルイス・パトロン/国連大学
本記事では、国連大学メディアセンターによるタジキスタンとキルギスタンにおけるPALMプロジェクトに関するビデオ・ドキュメンタリー4回シリーズの第1回目をご紹介します。
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タジキスタンのアライ山脈の高地、キルギスタンとの国境の近くにジャーガトルという村がある。ここの冬は厳しく、夏は短い。
この山岳地帯では、耕せる土地は少ない。作物の栽培に適している土地はほんの1%ほどしかないが、3分の1から半分は低木や牧草植物に覆われた斜面のため、 牧草には適している。典型的な世帯は、わずか0.35ヘクタールほどの畑(主にイモと野菜を栽培)と家畜を少々所有しているのみだ。生計を維持するための資産はほとんどないといってよい。
このような辺境の地での生活はそもそも厳しかったが、ここ数十年ほどは、そこに土地管理のジレンマも加わった。かつては旧ソ連以前の伝統的技術が地元の牧草地を守っていた。だが、旧ソ連時代にこの技術は完全に失われ、ソ連崩壊後には経験不足と貧困のため牧草地は過剰使用され、まもなく劣化したため問題となった。
景観保全のための協力
しかし今日では辺境地のコミュニティの社会的・経済的状況を改善するために、ユニークな協力体制が敷かれている。このようなコミュニティは独自の景観や世界 的に重要な生物多様性を守りながら地域の資源に依存して生計を立てている。このページ上部のビデオに描かれている通り、現在はここで専門家がジャーガトル などの村の農家と協力し、地元の伝統的知識を生かし、研究、教育、政策を強化しようと取り組んでいるのだ。
この Sustainable Land Management in the High Pamir and Pamir-Alai Mountains(パミール高原とパミール・アライ山脈〈PALM〉における持続可能な土地活用プロジェクト)チームは、まず生態系の劣化度合いを測り、地元のコミュニティが提案するマイクロプロジェクトをサポートし、その導入と結果を調査する。
地元で出された解決策が地元の状況に最適であるのは当然なだけでなく、コミュニティがイニシアティブを所有すれば、持続可能な活動が確約される。
旧ソ連時代以前には、村の長老が、誰がどの牧草地を使い、いつ次の季節の牧草地へ移動するかを決めていた。主な草の種類によって牧草の状態を見極める伝統の 技を使い、それらの決定を下していたのである。しかし、この習慣はソ連の官僚主義の支配によって国の定住政策(人口増加を招いた)や集団農業への転換が定 められると次第に忘れられていった。
それが今から70年前のことである。ソ連の解体後は辺境の地の 住民と土地の関係は再びかき乱されることとなった。脱集団農場によって、農民たちは初めて市場経済の中で民間の会社を経営せざるを得なくなったのだ。経験 不足と収入の必要性から彼らは家畜の数を増やし、それが村の周辺の牧草地の過剰使用を招き、土壌は風雨にさらされて腐食した。
「伝統的農業の知識の多くはソ連時代に失われてしまいました。PALMプロジェクトでは、そのような農業を必要に応じて復活させる手助けを行っています。地元の環境に最も適していることが多いですからね」 国際連合大学環境・人間の安全保障研究所 (UNU-EHS)のEnvironmental Vulnerability and Ecosystem Services(環境的ぜい弱性と生態系サービス)部門のニベリーナ・パコーバ氏が述べた。この部門は、PALMのプロジェクトパートナーの1つである。
複合的利益のある解決策
タジキスタン政府は資源が限られているため、優先的インフラプロジェクトのみに焦点を絞っている。それでPALMはジャーガトルのような試験的コミュニティ で小規模のインフラ改善を行おうとしているのだ。ビデオで示されているように、家畜用の小屋や道路建設といったマイクロプロジェクトはシンプルな解決策な がら、いくつもの利益がある。
村から12キロ離れた場所に家畜用の小屋を立てれば、周辺の牧草地や干草畑が回復できるだけではなく、ジャガイモ畑が踏み荒らされることもなくなる。離れた新しい牧草地は健康で、動物はたっぷり栄養を得て太ることができる。
それに加え、新しい小屋では小チームが住み込みで働くため、それまで家の小屋から近所の牧草地まで動物を連れて行く役割を負っていた女性たちが、今では羊毛 を加工し、服を縫って家族やコミュニティに新たな収入源となっている。また、自由な時間ができた長老たちが若い世代に知識を伝える機会も増えた。
最近改良された道路にも、明らかに複数の利益がある。夏にはより遠くの牧草地の緑が増えるため、村の住人たちは改良された道路を使って動物をジャイルー (夏の牧草地)に移動させ、村の周辺の牧草地を回復させることができる。また家族は同じジャイルーで働くメンバーたちと交流することができる。
また、道路ができたおかげで村人や家畜などが移動できるだけでなく、真夏に動物や乳製品を購入しにやってくる人々にとっても便利になった。夏の牧草地から村へ干草を運ぶこともできる。冬には干草は不足がちになるのだ。
経済的、生態学的、社会的な利点として、改良された道路のおかげで、ジャイルーの小屋から動物のふんを持ち帰り、暖房と肥料として使えることが挙げられる。 そうすれば薪の需要と村の近くの森への負荷も減る。劣化した耕作地は有機的栄養素を与えられて豊かになる。非公式の団体などは特に貧困層が需要に見合うだけのふんを手に入れられるよう努めている。
また、放牧者らは道路ができたため緊急時には医療機関により早く行けるようになったことも歓迎している。
未来に向けた心構え
ジャーガトルの経験による肯定的な側面の1つが、地元住民を教育し、持続可能な資源管理を彼らの思考に植えつけられたことだ。
例えば、道路が整えられたために、人々が車で薪を取りに行くことが容易になるという思わぬ問題が生じたが、これに気付いたコミュニティは夏の放牧地までの半分の距離だけを道路として整えることにした。牧草をよりよく保つための策である。
村人は未来に向けて計画を立て始めている。彼らは先祖代々伝わるコミュニティ労働の伝統に基づき自らメンテナンスに関わる準備ができている。既に必要に合わ せて道路と小屋の維持費として使える村の基金ができた。またそれとは別に、小屋と道路の利用者からお金を集めて特別基金を設立する計画があり、同基金はイ ンフラの改善と将来貧しい家族への支援を拡大するために活用する考えだ。
このような対策は、手に入りづらい外部からの資金を必要とせずに、他の農業団体も簡単に真似できるものだ。事前の概算では、インフラ改善による年間の財務収益は相当な額に上ることを示している。だから他のコミュニティも真似しやすい。
プロジェクトの経験は、タジキスタンの牧草地に関する新しい法律制定に情報を与える上でも有益だ。この経験は良好な土地利用と管理実践として、 WOCATと呼ばれる国際オンラインデータベースにも記録されている。つまり彼らの知識は世界中の地域の農民たちとも共有できるのだ。プロジェクトが支援したビデオブリーフも知識の拡散の有効な手段である。これは最近のリオ+20サミットでも上演された。
ジャーガトルの住民によるマイクロプロジェクト導入の経験は自分たちのコミュニティの環境改善だけではなく、パミール高原やパミール・アライ山脈の他の地域にも恩恵をもたらすのである。
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小屋の建設は、パミール高原とパミール・アライ山脈(PALM)における持続可能な土地活用プロジェクトの支援を得て、地域レベルでは国連大学が、タジキス タンの国家・地方レベルではCommittee on Environment Protection(環境保護委員会)とアガハーン開発ネットワークのMountain Societies Development Support Program(山岳社会開発支援プログラム)が実施したものである。PALMプロジェクトは地球環境ファシリティーが資金を提供し、国連環境計画が実行 している。
翻訳:石原明子