2012年9月28日
Photo: Bert van Dijk
「世界の現実的な問題に取り組むためには厳密な科学が重要であること」は、 持続可能な開発分野におけるプロスパーネット/スコーパス若手研究者賞が明らかにした貴重な教えの1つだ。 これは、「持続可能な開発のための公衆衛生および貧困根絶」カテゴリーの受賞者、ヨディ・マヘンドラダータ氏の言葉にあったものである。
マヘンドラダータ氏と同様、「持続可能なインフラ」および「持続可能な生産と消費」カテゴリーのそれぞれの受賞者であるタナポン・フェンラット氏とジュン・ヤン氏も、実験室における発見とその成果の具体的な活用を結びつけようと尽力している若手研究者の代表だ。
持続可能な開発に関するプロスパーネット/スコーパス若手研究者賞は、エルゼビアとアレクサンダー・フォン・フンボルト財団のパートナーシップにより、毎年授与されている。対象となるのは、アジア太平洋地域(米国とカナダを除く)を拠点とする若手科学者および研究者で、今日私たちが抱える多くの複雑な問題に重点的に取り組んでいる人たちである。
この賞に応募すると、資格を満たしている限り、持続可能な開発において国際的に著名な専門家パネルの審査にかけられる。選考基準は、文献の引用数、出版物および特許の数と質、社会に与えた影響力を示す文書の3つだ。
3つのカテゴリーは幅広いトピックを網羅するために毎年変わる。これは、持続可能な開発の知識の応用において研究者がどのような成果を上げてきたかを、さまざまな分野にわたって明らかにしようとする試みだ。この賞は、今日、世界中で起こっている持続不可能な問題を懸念する若き変革者の注目を集めている。彼らはまた、より良い暮らしの推進、自然資源の保護、食品の安全性の改善、公衆衛生と貧困の問題における積極的な影響力の行使に向けて努力を続ける決意をしている。
受賞者には、賞金1000米ドルとアレクサンダー・フォン・フンボルト財団のフェローシップが贈られる。このフェローシップにより、受賞者には、ドイツ国内で自らが選んだ研究グループと最長18ヶ月間にわたり共同で活動を行うために必要な旅費と滞在費が支給される。
汚染された地下水と土壌の回復
「持続可能なインフラ」カテゴリーの選考パネルは、ロイヤルメルボルン工科大学のトニー・ダルトン教授、横浜市立大学の井村秀文教授、国連大学高等研究所の諏訪亜紀博士、南洋理工大学のアポストロス・ジャニス博士という面々だった。彼らは受賞者であるフェンラット氏の取り組みに非常に感銘を受けていた。タイのナレースワン大学に籍を置くフェンラット氏は研究者、問題解決者、コミュニケーターとしての役割をうまく組み合わせている。選考パネルメンバーの評価によると、彼は新しい知識、規制、能力を切り拓き、環境に関わる重要なインフラの問題について解決策を導き出してきた。
フェンラット氏の取り組みは、汚染された地下水および土壌の浄化に主眼を置いている。タイでは、工業地域付近の地下水や土壌が揮発性有機化合物や重金属などの有害物質でしばしば汚染されている。フェンラット氏は地域住民の健康と自然資源の状況を懸念して、土壌および地下水資源を回復、維持する浄化技術を開発、管理協定を策定し、合わせて実施してきた。
フェンラット氏は、実験室でナノ技術を用いて汚染地下水の浄化を促進する方法を研究する一方で、実践面では、多数の関係者を巻き込んで新しい解決策の実施を進めている。関係者には、政府機関、民間セクター、地域コミュニティ、地学や医療といった他分野の研究者が含まれる。フェンラット氏は、このように研究と実践を結びつけることにより、タイのさまざまな地域で実際に自然資源を回復させている。
この経験をもとに、フェンラット氏は、国内全域で使える実践的なガイドラインとデータベースの構築を開始した。こういったものがあれば、さまざまな関係者の間で、浄化プロセスと効果的な実施方法に対する理解が深まる。また、汚染問題の解決に向けて技術的な能力は向上し、管理ツールも手にすることができる。
持続可能な開発の前提としての公衆衛生
インドネシアのガジャ・マダ大学のマヘンドラダータ氏は、結核、HIV、デング熱から、その他あまり研究されていない熱帯病まで、貧困に関連する病気に取り組んでいる。彼のアプローチの元となっている考え方は、公衆衛生は持続可能な開発の前提条件であると同時に結果でもあるということだ。彼によれば、持続可能な開発を支える社会・経済・環境的な柱の中で、公衆衛生は中心的な役割を担っている。
マヘンドラダータ氏の取り組みは研究領域や地域の枠を超越している。彼は、インドネシアの政策立案者と協力して、結核防止のための国家戦略(2013-2014 年)、マラリア防止のための国家戦略(2013-2014年)など、重大な国策の制定に貢献してきた。彼はまた、トレーニングモジュールを策定して、能力構築にも着手している。これは世界保健機関とTDR(熱帯病医学特別研究訓練プログラム)の枠組みにも含まれており、貧困および障害に苦しむ人たちが主にかかる病気の撲滅を目指すものだ。この取り組みは国際連合児童基金、国際連合開発計画、世界銀行、世界保健機関の支援を得ている。
公衆衛生カテゴリーの選考パネリストは、東京大学の渋谷健司教授、ガジャ・マダ大学のハリ・クスナント教授、インドのジャワハルラール・ネルー大学のリトゥ・プリヤ教授が務めた。彼らは、マヘンドラダータ氏の取り組みが社会に大きな影響を及ぼしたこと、政策立案に貢献したこと、社会に広く役立つ研究であることを異口同音に賞賛した。彼らはまた、他の衛生問題に介入する場合も、貧困層に非常に関係の深い文脈に基づくアプローチで、ユーザーの観点から問題を検証するという手法が容易に応用できることを高く評価した。
エネルギー生産に用いられる遺伝子組み替えサツマイモ
「持続可能な消費と生産」カテゴリーの受賞者である中国科学院植物生理生態研究所のヤン氏は、「バイオインフォマティクスと遺伝子工学を統合して作物を改良すること」をゴールに掲げ、それを反映させた取り組みを行っていると述べた。
ヤン氏はサツマイモの遺伝子組み替えを行い、干ばつと塩害に対する耐性とウィルスに対する抵抗力を高めながら、より良質なでんぷんを生産しようとしてきた。彼の研究により、通常は土壌に含まれる塩類が多いために農業には適していないとされる地域(海岸沿いの埋め立て地など)でも、サツマイモが栽培できるようになった。
研究の結果として収穫量は増加し、でんぷんの質も向上したことで、バイオ燃料産業の原料生産の推進にもつながっている。その延長線上で、ヤン氏はサツマイモを用いてバイオエタノールを生産するモデル工場にも関わっている。
「持続可能な消費と生産」カテゴリーでパネリストを務めたのは、国立環境研究所の藤田壮教授、中国の同済大学の諸大健教授、タイのチュラーロンコーン大学のソムポルン・カモルシリピシャイポルン博士である。彼らは、ヤン氏の研究の成果とそれを活かした貢献を称賛し、なかでも、食料とバイオマスエネルギーの供給システムにおいて土地を持続可能な形で利用し、社会変革の可能性を開いたことを高く評価した。
未来に向けた賞
カテゴリーは毎年変わるため、主催者は毎年、異なる分野の専門家をパネリストに選出して、話し合いを重ねている。また、アジアの異なる開催国で、シンポジウムと授賞式の準備をしなければならない。各カテゴリーで選ばれた3人のファイナリストはシンポジウムに招待されて、自らの業績を発表する。そこでパネリストが判定し、受賞者を決定するのだ。
このプロセスの調整は非常に骨が折れるものだが、主催者チームは毎年、熱心なパネリスト、それに増え続ける候補者とのやりとりに熱心に取り組んでいる。この賞が地域にもたらす最も重要かつ有意義な副次的効果は、研究がどのように持続可能な開発に影響をおよぼし、さらにはそれを促進しうるかに、人々の注意を惹き付けられる点だ。
「アジア太平洋地域の若い研究者による卓越した取り組みは年々増えています」と語るのは、国連大学高等研究所の持続可能な開発のための教育プログラムおよびプロスパーネットで事務局長を務める竹本和彦氏である。
竹本氏は、「この賞が、持続可能性の課題に取り組み、持続可能な社会を構築しようと努力を続ける若い研究者の向上心を刺激するものになること」を望むと語った。
翻訳:ユニカルインターナショナル