技術を実用化に結びつける政策イノベーション

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  • 2012年12月20日

    諏訪 亜紀 and ジョニ・ジュペスタ

    PV Film

    Photo: conbon33

    国連大学高等研究所(UNU-IAS)の2人の研究員は、持続可能社会への移行を目指す政治を論じるには、政治的動機を経験則として理解する必要があると述べている。本記事では、Sustainability Scienceで発表された彼らの研究に基づき、日本での再生可能エネルギーの普及について論じている。

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    温室効果ガスの排出量が低い(あるいはまったく排出しない)技術の開発にはおおいに期待が寄せられている。そのような技術を育むには適切なイノベーション政策が必要だが、イノベーションは単一のプロセスではなく、複数の段階から構成されるものである。つまり、基礎的な研究開発と実用化のための研究開発、そして商品への応用などである。

    なかでも最も困難なのが最後の段階だ。技術が実用化に結びつかないことが少なくないのは、研究室を離れ、市場に出る段階になっても、既存の技術と同じ土俵で勝負できるほど低価格にできないためだ。研究室と市場を隔てるこの「死の谷」を避けるには、技術が市場に普及するのを後押しする政策イノベーションがカギを握る。

    多くの温室効果ガス削減技術が「技術の待機リスト」に入っていて、外部性を含めた新たな価格設定メカニズムと市場システムを必要としている。日本は化石燃料の資源埋蔵量に乏しい国であるため、政府は数十年にもわたって再生可能エネルギーの利用を政策課題に掲げている。とりわけ石油危機以降は莫大な予算を再生可能エネルギー関連の研究開発につぎ込んできた。だが、その実用化については、驚くほど無頓着である。

    このような状況を背景に、日本政府は2003年、「電気事業者による新エネルギー等 の利用に関する特別措置法(RPS法)」を制定した。これにより、電気事業者は一定の割合で再生可能エネルギーによる電力を消費者に供給することが義務づけられた。再生可能エネルギーで発電を行う認可を受けた事業者は発電量に対して証書を獲得し、これらの証書を(電力と合わせて)電気事業者に販売する。電気事業者はその証書により、管轄当局に法律を遵守していることを示す。

    RPS法は再生可能エネルギーによる発電量を順調に増加させるだけでなく、市場効率も確実に上げられると期待されていた。

    ただし、RPSの導入以前、市民社会は政府に他の政策モデルの導入を強く求めていた。EU加盟国で広く効果が証明されている固定価格買い取り制度(FIT制度)である。

    RPS制度については、競合により市場投入が確実に進むために、再生可能エネルギーによる電力価格は最低水準まで引き下げられるというふれこみだった。一方、 FIT制度では、コストに関係なく、再生可能エネルギーによる電力はすべて買い取られることになっている。それは、再生可能エネルギーを利用する発電事業者と長期契約を締結することにより、再生可能エネルギー技術への投資を促進することを目的としているからである。

    だが、日本政府と日本の電気事業者はFITよりもRPSを強く推した。それは、従来からの主導的な政策チャネル(米国が先導するもの)に固執し、市場に基づくモデルを優先したからである。つまり、イデオロギーの風土として、欧州のモデルを真似ることはできなかったのだ。欧州モデルが日本における再生可能エネルギーの浸透に大きな影響を及ぼし、現状維持を望む人たちに脅威になることは明らかだった。

    太陽光発電を対象としたFIT

    謳い文句に反して、RPS制度は再生可能エネルギーによる発電能力の増加にも価格の低下にもつながらなかった。それどころか、日本の再生可能エネルギー、特に太陽電池(PV)が国際市場でシェアを失いつつあることが明らかになった。PV分野で競争力を失うことは製造業者と政策立案者の双方にとって危惧すべきことだったので、彼らは最終的に再生可能エネルギー政策を転換する必要性を受け入れた。

    世界における太陽光発電の累積設置量の推移(単位メガワット)— 2000-2010

    さらに、電気事業者はPVを奨励する必要性もなんとか受け入れた。1990年代の電力市場の自由化以降、電気事業者は家庭用エネルギー市場のシェア拡大に熱心に取り組み、独立系の発電事業者やガス会社との競合に勝とうとした。彼らの市場戦略は、電気ヒートポンプやPVモジュールで電力を供給する家電製品をパッケージ化して販売することだった。これにより、一般家庭の顧客は電気料金が高い日中にPVエネルギーを利用することができる。

    PV技術に国際競争力があったことと、電気事業者がそれを受け入れたことにより、この技術は再生可能エネルギー推進制度を策定するにあたって第一のエネルギーに選ばれた。2009年、日本は、電気事業者に(主に家庭の)PV設備で作られた余剰電力の買い取りを義務づけるFIT制度を導入した。このPV固定価格買い取り制度は既存のRPS制度と並行して機能し、スケールメリット(規模の経済)が達成されたあかつきには、価格は徐々に下げられるという目論見だった。買い取り期間は10年間で、全体のシステムのコストについては、設置および実際のインフラコストも含め、電気料金に上乗せして電力使用者に負担を求める。

    PV固定価格買い取り制度により、一般家庭でのPVの導入は進んだ。以下の表からわかるように、効果はすぐに表れ、制度の導入以降、設置されたPVにより発電能力は劇的に増加した(欧州太陽光発電産業協会が2011年に発表した報告書による)。 家庭用PVシステムに助成金および免税の措置が適用されたことも追い風となって、PV固定価格買い取り制度はPV需要の主要な推進力になった。家庭用PVシステムの増産にもつながり、2009年の導入以降、国内では発電能力にして6,651ギガワットにのぼる設備が生産された。

    世界の年間PV市場の推移(単位:メガワット)— 2000-2010

    変革の窓

    一説によると、政策イノベーションはよほどの変革の機会がなければ起こらないという。考え方次第では、日本の場合、その窓が開かれたのは、2011年3月 11日、地震と津波によって福島第一原子力発電所が破壊され、深刻なエネルギー危機が起こったためかもしれない。最近の世論調査によると、一般国民の 58%以上が脱原発を支持しており、55%が再生可能エネルギーの利用に賛成している。そのためなら電気料金が高くなってもやむをえないと言うのである。

    このように、劇的な政変、出来事、危機が起こると、特定の問題に対する一般国民の関心は予想外に高くなり、それが政策転換の推進力になる。

    実際に、福島の震災により2011年には見送ったものの、日本の国会は2012年6月にFIT制度を改訂し、買い取り価格は世界最高の水準になった。さらに、奨励制度は今では風力、水力、地熱、バイオマスなど、他の再生可能エネルギーにも広がっている。そして、日本太陽光発電協会の最近の発表によると、新たな制度はめざましい効果を上げているという。太陽電池およびモジュールの国内出荷量は、制度の適用範囲拡大の直後である7月から9月の四半期で前年同期の348メガワットから627メガワットへと80%上昇した。

    これは良いニュースだが、一部の識者の意見では、FIT制度を効果的かつ効率的にしっかりと実行するには、政府は規制緩和を通して、数多くの課題を克服しなければならないという。規制緩和により、再生可能エネルギープロジェクトの進展を支援し、国内で地域を越えて送電ができるように送電網の整備を促進するのである。

    イノベーション政策が環境技術の実用化においてどのような役割を果たすかについては、常に議論されてきた。しかし、上述した通り、政策立案者は、新しい技術が研究室から出てから「死の谷」を越えられるように政策イノベーションを行うことについては、きわめて鈍感だ。

    これまでは、政策デザインが効果的で、技術の商品化につながれば、その政策を広げて、さまざまな文脈で活かすことができると言われていた。しかし、日本が再生可能エネルギーを推進するために選択した政策は、この想定に反しているように思われる。日本が示したケースでは、新しいエネルギー技術を市場に浸透させる効果について、経済的な根拠と経験則による証拠がある政策デザインが採用されたわけではなかった。その代わりに政策立案者は、最適な効果は期待できない政策デザインを選択した。

    この選択の背景にある主要な理由は、上述した通り、政治的な判断や偏りである。持続可能社会に移行するために求められる規範的なアプローチでは、個々の政治システムは変化に適応しながらアプローチを実行しなければならない。本質的に、このような持続可能社会への移行は、ジェームズ・メドウクロフトが提案したような政治プロジェクトである。

    日本の場合について、実際に選択された政策に目を向けると、意思決定の背後にある政治的な言い回しを理解する必要性が浮かび上がってくる。日本の再生可能エネルギー政策が示しているのは、政策イノベーションにひそむ政治的側面のほんの一例だ。政策立案者が最も気にしていたのは、必ずしも持続可能なエネルギーへの移行ではなかった。経済的な根拠や関連業界の利益の方がさらに重要だったのである。

    言い方を変えれば、一部の政策立案者にとっては、政策デザインそのものは政治的な推進要因ほど問題にならないのである。このような政策立案者が用いる根拠は、経済に絡めて考えるべき事柄や業界からの圧力に由来するのかもしれない。一方、持続可能性の論議は政策形成の確固たる基盤とは考えられていないのかもしれない。 政策イノベーションを分析するにあたっては、このような政治的動機を理解することが非常に重要だ。というのは、政治が政策イノベーションの前提条件かもしれないからである。

    政治的な動機が経験則として理解できて初めて、持続可能社会への移行を目指す政治を論じられるようになる。その間には、新たな政治の文脈への移行も起こるかもしれない。そうなると、既存の政治力、実用化が期待される先端技術および利 益が意思決定において果たす役割もあらためて定義されることになるだろう。

    こういった政治的な移行は、持続可能社会の実現を引き起こすような政策イノベーションを行う環境作りのカギになるだろう。政治的な移行に関する研究と政策イノベーションを統合するには、さらに研究が必要だ。

    どのように新しい政策が認識され、周知と普及が図られ、埋め込まれた観念として政策課題に「離陸する」のかを理解することが重要だ。これは技術の移行プロセスそのものに似ている。政治的な移行は政策イノベーションの実現を可能にするカギを握っており、持続可能な開発への政治的な移行については、さらに分析と調査が必要である。

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    この記事は UNU.eduで発表されたもので、 サステイナビリティ・サイエンスに掲載された、再生可能エネルギー政策に関する研究に基づいています。

    翻訳:ユニカルインターナショナル