国際連合大学上級副学長・沖 大幹氏「SDGsは良い“ツール”使わない手はない」

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  • 2017年8月2日

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    企業にとってSDGs(持続可能な開発目標)に取り組む意義はどのようなものか。2016年10月に国際連合大学上級副学長に就任した沖大幹氏に聞いた。

    田中 太郎(以下、田中):4月に国連大学サステイナビリティ高等研究所が主催した「SDGダイアログ:グローバル企業と2030アジェンダ」では企業にとってのSDGsがテーマでしたね。

    沖 大幹氏(以下、沖):政府は2016年12月に実施指針や具体的施策をまとめています。大学は研究の良い機会だと捉えるでしょうし、市民にとっても文句のつけようがない目標なのでやるでしょう。しかし、企業にとっては「これをやることが本当に自社の利益になるのか」という不安がありますよね。そうした不安を払拭して、「積極的に取り組んだ者勝ち」という雰囲気ができるといいなと考えています。

    田中:企業がSDGsに取り組む重要性はどこにありますか。

    沖:SDGsは先進国も対象にしていますが、多くはこれから伸びる余地がある途上国の経済を伸ばそうという目標です。そこには大きな需要が生まれるでしょう。最後の市場に自社の事業をどう結び付けていくかを考えましょうということですね。一方、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資で株式を長期保有しようと考えている投資家からは、2030年、2050年に自分の会社があると思って事業をしているのか厳しく見られるでしょう。

    SDGsは慈善事業や寄付行為ではなく、それこそ本業のビジネスです。植林をしたり、学校を建てたり、井戸を掘ったりといった慈善事業であれば、自社の資源を割けば実行できます。SDGsは、例えばある地域の衛生環境を良くすることによって自社も儲かり、それが事業として持続的に回っていき、企業としての評価も高まると一番良いわけです。これは普段のビジネスと一緒ですよね。うまくいく場合もあれば、うまくいかないこともあります。そういう難しさがあることは認識すべきではないでしょうか。

    田中:日経エコロジーの2017年1月号の特集ではSDGsの「共通言語」としての機能に焦点を当てました。サステナブルな経営をしている企業であることを社外に説明するための共通言語としてSDGsを使い、ESG投資を呼び込む。あるいは自社の目標を社内で共有するための共通言語として使い、事業のアイデアを掘り起こすといった使い方です。

    沖:ビジョンのシェアという意味ではそれでいいと思います。「こういう方向でやるぞ」と言うのはいいですし、うまくいってから「こんなふうにきちんとやっています」と言うのもいいです。ただ、実際に何をするかという事業化のところでは、本業なのでうまくいくまで企業は伏せるのではないでしょうか。というよりも、むしろそうなってほしいと考えています。

    田中:今はまだその段階ではないですか。

    沖:まだなっていないと思います。やはりCSR的に損得には多少目をつぶってもまず取り組むことが大事だという段階ではないかと思います。

    共通言語という意味では、ある事業に着手しようとするときに、それが企業価値を毀損させないかを確認するチェックリストとしても使えるのではないでしょうか。環境や人権や健康の問題に悪さをしないかチェックしていくのです。あるいはESG投資との関係でいえば、非財務情報として何を開示すればよいのかを判断するときに、SDGsの169のターゲットに照らして「ここはきちんと取り組んでいる」「ここは社会に貢献している」というように情報を選ぶこともできるでしょう。

    SDGsに取り組むというよりも、SDGsを参考にしながら自社の事業を積極的に展開し、結果が出たときにはSDGsのどこに対応しているのかをアピールするというのが正しい使い方ではないでしょうか。

    田中:ツールとして使うということですね。

    沖:官僚的な言葉遣いで、回りくどい表現もありますが、数年の年月をかけて、世界の何千人ものチェックを通ってきた文書です。そこには参考にすべき点がたくさんあります。使わない手はないでしょう。

    田中:SDGsに問題点はないのでしょうか。

    沖:SDGsは大義名分です。「誰一人取り残さない」というよりも「誰一人文句が言えない」。ただ最近、気づいたのですが「現世的なご利益」が多いことですね。貧困から抜け出して豊かになる。水やエネルギーが使えるようになる。環境も良くなり快適になる。反対に、精神的なものに関しては何の目標もありません。物心両面ではなく、物質的なものに偏っています。

    何のために環境問題や貧困を解決するのかといえば、最後は人の幸せのためでしょう。物の豊かさや自由、尊厳だけではなくて、芸術や宗教もあっての幸せだと思うので、その部分が若干欠けているかなという見方をしています。

    田中:途上国だけを対象にしたミレニアム開発目標(MDGs)に比べて、SDGsの対象には先進国が入っています。

    沖:その意義は大きいと思います。政府の持続可能な開発目標(SDGs)推進本部が2016年12月にまとめた実施指針には「地方創生」や「働き方改革」などが盛り込まれています。私はとてもよく考えられたものだと思います。地方創生はまさに日本におけるSDGsです。どうやって雇用を確保し、地域の環境を守りつつ、人が幸せに暮らしていくのか。これはお金を出すだけでは解決しません。各地域でいろいろなことを試しながらうまくいく取り組みを探しているところです。それが見つかると日本中に普及するでしょうし、海外でも展開できるビジネスモデルになるのではないかと期待しています。

    田中:企業にも参考になりそうですね。先進国も対象に含まれるという意味では、貧困は途上国だけの問題と思われがちですが、国内でも子ども食堂のような対策が必要になっています。

    沖:それをどうやって持続可能な取り組みにするのかが重要です。未来永劫、子ども食堂をやり続けるのか。それよりも子ども食堂がなくてもいいような社会をどうやってつくるのかという話ではないでしょうか。

    持続可能な社会というのは、今ある仕組みが全部そのまま維持されるというよりは、いろいろな問題が出たときにそれをうまく救って支えながら、みんなが少しずつ幸せになっていく社会です。今ある仕組みを何も変えないということではないですよね。“その場しのぎ”の対策がどんどん出てきて、結果的に人の命や平和が守られ、豊かさが続いていく順応的対応が必要です。例えば5年目標を立てて1年目、2年目と計画的に進めていくのではなく、目標に向けて様子を見ながら手段を変えていく。まさにSDGsはそれなのです。そういう意味では「弱い持続性」という概念が大事でしょう。

    田中:どういう考え方ですか。

    沖:例えば、再生可能資源は当然、再生速度を超えなければ使い続けられる。汚染に関しては環境が無害化できる速度を超えなければいい。しかし、石油や鉱物資源は使ったらなくなってしまう。だから一切使わずに再生可能資源だけでやろうというのが強い持続性です。そうではなく、石油や鉱物資源も代替する再生可能資源を開発する速度で使えば、結果として持続可能になるというのが弱い持続性です。

    環境経済学の先駆者である米国のハーマン・デイリーが40年以上も前に指摘しています。

    田中:そもそもSDGsに力を入れるようになったきっかけは何ですか。

    沖:2016年10月に国連大学の副学長に就任する際、注力すべきテーマとして「SDGs」を考えました。国連大学は1975年にスタートした日本に本拠を置く唯一の国連組織で、世界12カ国に13の研究所やプログラムがあります。大学という名称なので先生が学生に教える学校を想像する人が多いと思いますが、実は教育の機能を持ったのはつい最近です。最初の35年間はシンクタンクとして、国連加盟国が関心を持つ喫緊の課題について研究調査し、提言する役割だけでした。

    科学技術が経済に及ぼす影響を計量化したり、地球を観測したりするなど13の機関がそれぞれSDGsに直結する研究をしていますが、外部からはなかなか見えにくくなっています。それらを体系化して国連大学全体として何をやっているのかを見えるようにすることから進めています。各機関で自分たちがどの目標に貢献できるのかマッピングしていますが、ここで大事なのは、あれもこれもと欲張らずに、得意な分野でSDGsに貢献していくことだと考えています。

    田中:新たに取り組みたいテーマはありますか。

    沖:SDGsへの取り組みがしっかりしている、あるいはESG投資に値する企業ほど収益が安定していることを明確に示すような研究が大事になると考えています。

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    本記事は、日経BP環境経営フォーラムで最初に公表されたものであり、許可を得て再掲しています。