K*を研究結果に活用しよう

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  • 2012年6月8日

    ブレンダン・バレット

    国連大学メディアセンターを率いるブレンダン・バレット氏が、国連大学水・環境・保健研究所の主催するK*(Kスター)に関する会議で得られた見識、すなわち研究の情報伝達、科学の影響力、知識の解釈・適応・移転・交換、知識の取引や動員、および政策への影響などの分野に関するさまざまな見解について語る。

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    先日開催された2012年K*カンファレンス(K* Conference 2012)の根本的な必要性を一言で説明するため、ある参加者の次のような言葉をお借りする。「気候に関する議論やその他の『たちの悪い問題』で明らかなように、事実に関する科学的コンセンサスが政策や社会一般に対して大きな影響力があると決めてかかるだけでは不十分である」

    アンドリュー・キャンベル氏は、チャールズ・ダーウィン大学のブログの中でこうした見解を明らかにし、科学と政策の接点において、また知識が活用される仕組みを理解するうえで、「背景……およびそれが知識戦略の選択とその予想される有効性に、なぜ、そしてどのように影響を及ぼすかを知ることが重要である」と強調した。

    往々にして私たちは、研究結果が重要である(私たちにとって、また資金提供者にとって重要であるために) とみなしているため、対象となる人々にもその重要性は一目瞭然であるはずだと思い込みがちである。もしその通りであるとすれば、私たちは、研究結果を対象者に伝えるか、またはできるだけ広く普及し、結果として何らかの影響がもたらされるようにさえすればよいことになる。

    私たちはその影響力の測定に苦労するかもしれない。また、研究結果を政策に反映させるための道筋が不明瞭であることに気づく可能性もある。影響力を測る際に、確かな測定基準ではなく事例証拠に頼らざるを得ないこともあるだろう。特定できる影響力が限られていると判明した場合には、私たち科学者や学者が役に立たない情報伝達者であるという結論を下すか、あるいは何か他の言い訳(タイミングの悪さ、コミュニケーションのために割り当てられた予算の不足など)を探すかもしれない。しかし私たちは、研究結果が伝達される広範な背景を見過ごしてしまう可能性がある。あるいはもしかすると、私たちにはその背景を理解するための十分な能力や時間がないのかもしれない。

    K* の専門家がその真価を発揮する可能性があるのはここであろう。「可能性」という言葉を使ったのは、現時点ではこの意見は推測にすぎないと主張する人が多いかもしれないからである。

    K*とは何か?

    K*(Kスター)とは、国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH) のアレックス・ビーラク氏が作り出した用語であり、研究の情報伝達、科学の影響力、知識の解釈・適応・移転・交換、知識の取引と知識動員、および政策への影響などの分野に関連するさまざまな見解を表すものである。

    このK*という用語を新たに導入したことで、知識に関連する考えや概念が1つのバスケットにまとめられ、私たちは一歩前進できるかもしれない。あるいは独立系の研究者エンリケ・メンディザベル氏が指摘するように、さらに混乱のもととなり、一歩後退することになるのかもしれない。

    しかし私が指摘しておきたいのは、アレックス・ビーラク氏と彼の同僚たちは次のように主張して、ここで私たちをさらにもう一歩前へ導いているということである。彼らの主張によれば、K*について考える時、私たちは特定の要素についての議論に気を取られる必要はなく、研究・政策・行動の接点において知識がどのように活用されているか、どのような問題に直面しているか、どうすれば分野横断的に学ぶことができるか(気候学者を保健や開発の専門家と引き合わせるなど)、また、いわゆる「車輪の再発明」を回避する方法、仲介者の価値を認識する方法、影響力を増大する方法、およびその影響力を実証する方法といったことについて、幅広い視野で一望するべきだというのである。したがって私の計算によれば、K*について考えることによって、科学と政策の接点の力学を理解するうえで私たちは二歩前進するが、新たな専門用語が作られることにより一歩後退することになる。

    前述したすべての問題に対処するために、4月24日から27日にかけて、カナダのオンタリオ州ハミルトンで、UNU-INWEH の主催により(国際諮問委員会の助言と支援を受けて)2012年K*カンファレンスが開催された。 グリーンペーパーがすでに作成されており、近日中にさらに推敲が行われる予定である。

    この会議には学界、シンクタンク、NGO、国家機関、および国際機関からの代表およそ60名が招集され、一連のケーススタディ討論会、対話型ディスカッション、電子投票(行動の優先順位について)、およびオープンスペース・テクノロジーを通じて、K*の展望について模索した。

    さらに100人を超える人々がWebEx (ウェブ会議)を介してネットワーク上で参加し、問題を提起したり、優先順位について投票を行ったりした。これは非常に専門的に組織された刺激的なイベントであった(筆者がこれまで参加したもののなかでも最高の部類に入る)。ツイッター(#kstar2012)やブログといったソーシャルメディアでもこの会議はきわめて大きな話題を呼んだ。たとえば、会議の前後と開催中に、12カ国61人のツイッターユーザーから450件を超えるツイートがあった。

    私は参加者の1人として、K*をめぐる理解の現状について動的かつ対話的なかたちで調査を進めるなかで、私たちが三歩目の前進を果たしたように感じた。 今後も協力を進めていきたい分野として、ヨーク大学のデビッド・フィップス氏が要約した通り、以下の3つの項目をあげた。

    • グローバルなK*ネットワークの構築と維持
    • K*に関連する活動の影響力を評価する方法
    • 開発途上国におけるK*と、さまざまな知識の民主化

    参加者をはじめとした人々からのこの会議に対する反応は、おおむね非常に肯定的であった。ITコンサルタントのインゴ・ピータース氏は以下のように指摘した。「……この会議は多くの契機を生み、私たちがK*の分野にかける情熱、経験、見識を共有し続けるための仕組みを作った」

    これは大学にとって何を意味するのか?

    おそらくこの試みの意味するところを最もうまくとらえているのは、アンドリュー・キャンベル氏の次の言葉だろう。「多くの科学研究機関は今もなお、従来の科学出版物、メディアリリース、ウェブサイトの枠を超えようと奮闘中であり、試しにソーシャルメディアを利用してみたりしているところであろう。公平な立場から見て、学術研究における既存のパフォーマンス測定基準、資金調達、報奨制度は、きわめて有意義かつ対話的な知識の共同生産への参加を進めるうえで阻害要因となっている。「影響力の大きい」査読付き学術誌の出版部数の減少につながる可能性がある場合にはとくにそうである」

    これは「気候科学をオンラインで議論する」と題した最近の記事の中で私たちが詳しく論じたテーマである。キャンベル氏は、「新たなテクノロジーは知識の共有、対話の促進、社会的学習の加速において非常に大きな可能性を持つ。それらは単なる格好のいい道具 などではなく、新たな方法での教育、ならびに昔からの問題に全く異なる方法で取り組むことを可能にする」と述べ、私たちの見解を裏付けている。

    しかし彼はまた次のようにも主張する。「基本を正しく理解することは重要である。つまり基本とは、情報を発見可能、検索可能、アクセス可能にする基本的なデータシステム、多様なプロジェクトからの情報をまとめて特定のニーズを満たすことができる統合・合成ツール、ならびに科学者にとっては自身の研究成果の普及促進を容易にし、またメディア、政府、産業界、コミュニティにとってはわかりやすい情報の発見とアクセスを容易にする『大きなC(big C)』の科学の情報伝達ツールである」

    「大きなC」という用語は、戦略的情報伝達または企業情報伝達、すなわち通常の情報伝達部門が行う仕事を指す用語である。アレックス・ビーラク氏他の説明によると、それは「内部における、また世間一般に対する、一貫した包括的な情報交換」を確実にするものである。

    これに対し「小さなC(little c)」の情報伝達は、K*の実行者と主要な利害関係者との間の日常的で有機的かつ有意義な対話を特徴とする。そのような実行者(個人またはグループ)は、「科学者の世界ならびに科学の利用者の世界の両方において対話を始め活動を行う能力があり、研究成果を利用者が理解できる言葉で表すことができ、明確に示された知識ニーズから調査可能な質問を作成し、タイミングよく情報を提供する一助となる必要がある。彼らは両方のコミュニティから信頼され、評価され、尊重されなければならない。彼らが提供する情報は、確実な証拠に基づき、むやみに科学と政策の泥沼に誘導しようとする試みを未然に防ぎ、ひいては科学と政策の接点における取引コストの削減につながるものでなければならない」

    現在のところ、そのような個人やグループが果たす役割は、彼らを雇用している組織から十分に認識または評価されていない場合がある。

    ここでもキャンベル氏の指摘は核心をついている。「しかしこれらの人々の多くにとって、彼らの中心的な役割は、限られた範囲で研究の優先順位や手法に影響を及ぼしながら、自身の所属する組織の研究成果の普及を促進すること(すなわち従来の科学の情報伝達の役割)、あるいは他で行われた科学の普及を促進することである。私の見解では、そのような役割をより正確に分類する必要があり、この両方の目的で交渉を行う能力と権限を持たない者を仲介者と呼ぶべきではない」

    したがってこれは依然として、まさに進行中の作業なのである。今後数カ月にわたり、2012年K* カンファレンスから重要な教訓がさらに数多く得られるだろう。より深い見識を得たい方には、オンライン参加者のビデオインタビューをご覧いただくことをお勧めする。

    最後に国連大学としての立場から、「K* は国連大学にとって何を意味するのか?」という質問にヤコブ・リーナー副学長がお答えする映像を紹介する。