四季から学ぶ:金沢の生物多様性

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  • 2012年1月12日

    ヘザー・チャイ

    四季から学ぶ:金沢の生物多様性

    Photo: Ryo Murakami

    白い雪に包まれる冬、ピンク色の花が丘に広がる春、森が青々と茂る夏、深紅色の落ち葉が地面を覆う秋。石川県金沢市では、自然は常に変わり続ける。

    本州の北西部に位置する金沢市は2009年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)のクラフト創造都市に認定された。金沢市がユネスコによって創造都市 ネットワークの1つに選ばれたのは、多くの伝統工芸や民衆芸術の発展と保存に尽力し、それらの工芸と現代産業の持続可能なつながりを育成する取り組みが認 められた結果である。

    しかし金沢市の豊かな文化と独特の遺産は、伝統工芸と現代的な都市生活のつながりのみから派生したものではない。何世紀にも渡り、変わりゆく自然環 境が都市文化と社会の発展に大きな影響を与えてきた一方で、季節の移り変わりが金沢市の多くの優れた芸術や工芸の創造を促進する役割を果たしてきた。

    都市社会と文化と自然の複雑な関係について、私たちは季節の変化からどのような教訓を引き出せるだろうか? 国連大学による最近のマルチメディア・プロジェクトは、この疑問に取り組み、生物多様性を科学と芸術の両面から見ようとする創造的な方法を提案している。

    このプロジェクトは、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)の所長、あん・まくどなるど氏が構想し、先頭に立って進めた。2008年4月に同職に就任して以来、まくどなるど氏は金沢市における生物多様性 と文化の相互関係を探究している。金沢市での生活の中で、彼女は街の豊かな生物多様性をじかに体験してきた。ドキュメンタリー中のインタビューで「自然が 金沢市の風景にもたらす様々な表情はとても美しい」と話している。

    まくどなるど氏とプロジェクト・チームは様々な研究や報告を通して、金沢市のような都市で生物多様性が担う重要な役割について調査した。しかし、ま くどなるど氏は、このプロジェクトでさらに一歩踏み込んで、より幅広い対象にUNU-IAS OUIKの研究結果を伝える手段として映像ドキュメンタリーを製作したいと考えた。そこで彼女は東京の国連大学メディアセンターを拠点とするドキュメンタ リー映像作家のブランドかおり氏に連絡を取った。

    今回、製作した映像ドキュメンタリーの一部を下記からご覧になれます。

    「私は金沢市出身なのですが、最初は生物多様性と生まれ故郷の関連性をなかなか見いだせませんでした。大都市ではないとはいえ、金沢市は街ですし、 豊かな生物多様性で有名というわけではありません。でも、生物多様性というレンズを通して故郷をあらためて見た時、人々が周囲に広がる自然との関係を維持 するために行っている様々な営みに気づいたのです」とブランド氏は説明する。

    同プロジェクトは、2010年後半に発表されたドキュメンタリー映像(短縮版はページ上部でご覧いただけます)「金沢市の四季 人と自然の物語」 と、解説、インタビュー、科学的分析や写真が掲載された最近発表されたブックレット「金沢市の生物多様性」で構成されている。プロジェクトの総合プロ デューサーを務めたまくどなるど氏に対して金沢市と石川県は引き続き支援をする予定であり、両自治体はプロジェクトの進行全体を通してガイダンスを提供し た。

    日本ではなぜ四季が自然との相互作用を支える強力な説明要素であるのかを探究することにより、プロジェクトのブックレットと映像はいずれも、都市と生物多様性の理解に向けた芸術的かつ科学的に関連づけられたアプローチの実例となった。

    春:「金沢市の四季」の誕生

    春の日差しが冬の雪を溶かす頃、仕上がったばかりの着物が竿に干される。この着物は伝統的な加賀友禅の絹染色技法に従って手染めされたもの で、繊細に配置された梅の小枝とピンク色の花が施されている。加賀友禅の職人たちは様々な花や植物を描くことで、多様性に富んだ春の自然を着物に取り入れ る。桜、桃、梅の花は、春や新たな始まりを表すシンボルとして最も一般的だ。前田健治氏5の加賀友禅作品「うつろい」。写真:村上涼

    世界中の社会で急速な都市化が進んでいる。リオで開催された第1回国連持続可能な開発会議の20周年が近づくにつれ、都市と生態系の複雑な関係を理 解する必要性は増している。生物多様性の喪失を引き起こす主な要因は都市と直接的あるいは間接的な関連があるとするデータがある一方で、都市と生物多様性 が相互に与える影響に関する科学的理解は、いまだに断片的なままだ。

    国連大学高等研究所(UNU-IAS)の研究者で、「金沢市の生物多様性」の執筆者であり主要な協力者でもあるラケル・モレノペニャランダ氏は、金沢市のような魅力的な街の生物多様性と文化の関連性を探究する機会に興味があったと言う。

    「私がこのブックレットのプロジェクトに参加しようと思ったのは、それが都市と生物多様性の問題を、より視覚的、文化的にとらえる機会だったからで す……都市と生物多様性について考える場合、私たちは都市の生態系(公園、川、木、花など)について考えがちですが、街の機能が街の外側にある生物多様性 に与えるかもしれない影響についてはあまり考えないのです」と彼女は言う。

    都市生活者の行動や振る舞いは、街から遠く離れた生態系に幅広い影響を及ぼす。例えば都市生活者の食生活の変化(肉の消費量の増加など)は森林破壊 の増加と関連している可能性がある。モレノペニャランダ氏は次のように説明する。「街の生活は新たな行動と価値観を生みました。大量消費について考えてみ てください。全体として、街の人々の方がより多く消費するし、より多くのゴミを排出します。そして大抵は誰も気づかないうちに、都市生活者のライフスタイ ルが生物多様性に影響を及ぼすのです」

    夏:科学と芸術をつなげる

    夏の暑さの中、金沢市の伝統的な野菜農家の多くは収穫の時を迎える。地元でとれる加賀野菜は金沢市の人々に今でも食され、愛されている。このことから、農業の生物多様性と食と街のアイデンティティーの強いつながりがうかがえる。写真:村上涼

    「生物文化多様性」の重要性を伝える上で大きな課題となるのが、都市生活者と自然の独特な相互作用と科学的視点の間を埋めることだ。そして都市生活 者と自然の相互作用には文化、芸術、暮らしが絡み合っている。つまり、モレノペニャランダ氏や彼女の同僚たちのような研究者は、科学と芸術の間を常に行っ たり来たりし、より創造的で、感情的でさえある都市と自然の相互作用に関する視点を学術的および技術的アプローチに統合しなければならない。

    「地域社会を世界につなげ、世界を地域社会につなげるために、マルチメディアを活用したプロジェクトがカギとなります。地域の物語は、それが感動的 なものであっても、その背後にしっかりとしたコンセプトがなければ、政策を変える影響力を及ぼせません。同様に、イメージや人間的な物語のない無味乾燥な コンセプトは、深く広い理解は得られず、結果的に人々を誤った行動に走らせる可能性があります」とモレノペニャランダ氏は説明する。

    プログラムのブックレットとドキュメンタリーは、地域レベルおよび世界レベルでの対話と実践という2つの世界を巧みにつなげている。

    「(私たちが)目指したのは……都市と生物多様性が相互に与える様々な影響に関する科学的議論を、金沢市という豊かな文化と自然を誇る街の文化、価値観、環境的特徴とつなげることでした」とモレノペニャランダ氏は語る。

    ブックレットとドキュメンタリーのどちらも、金沢独特の野菜の栽培について取り上げている。打木かぼちゃ、加賀つるまめ、ヘタ紫なすなど15品目の伝統的野菜が金沢市によって加賀野菜と認定されている。

    加賀野菜は地元の食料品店では目玉商品であり、その確固たる評判から金沢市以外でも人気を博している。伝統的な品種を「加賀野菜」と認定すること は、地域の文化的価値(そして地域社会のアイデンティティーに対する地元の農産物の役割)を反映しているだけではない。(現代的品種が広く導入されたため に一層脅かされている)伝統的品種を守る必要性は最近、世界的にも議論されている。農家が何世代にも渡って特定の環境に適応しながら種子を選んできたこと が、加賀野菜の栽培を形成してきた。加賀野菜は地元の食文化や習慣や社会的関係に根付いているだけでなく、栄養価の高い食生活、収入の産出、農業生物多様 性の保護にも役立っている。

    金沢市では、地域住民が生物多様性と文化と街の暮らしをより深く理解するために、同プロジェクトはすでに役立っている。ブランド氏は次のように説明 する。「金沢市は小学生の教育にこのビデオを使っています。地元の人々は時として自分の住む地域の特色に気づかないものです。ですから、このビデオを見る ことで、金沢市の人々が新しい視点で自分たちの街を見直し、よい点と改善すべき点を認識してくれるとうれしいです。子供たちが街を見直すきっかけになれば 最高だと思います」

    しかし、ブックレットとドキュメンタリーで語られたメッセージは、金沢市以外でも通用する。どちらも利用しやすい学習ツールとして、日本国内や外国 での訓練プログラムや教育活動に取り入れることが可能だ。系統的研究に基づいたこのプロジェクトは、世界のどの街に住む人でも自分と自然の関係を見直すこ とができる、共通の概念を提示している。

    「このプロジェクトは、地元の自然と文化のネットワークに関する豊富な詳細情報をつなぎ合わせる一方で、都市と生物多様性の問題をもっと一般的な言 葉で概念化する方法について、1つの視点を提示しています。つまり、その方法を使えば、たとえ違いがあるにせよ、すべての都市が共通の言語で考察の結果を 表現できるということです」とモレノペニャランダ氏は説明する。

    秋:地元の生物多様性の声に耳を傾ける

    伝統的な和紙の作り手にとって、深秋から冬の数カ月間の冷たく流れる清い水は欠かせない。今日でも、自然の繊維から手作りで生産される金沢の和紙は、その用途の広さや深い質感、色、そして贈り物を包んだ際の美しさが喜ばれている。写真:村上涼

    金沢市民と周囲の自然の複雑な関係をとらえるには、地元の生物多様性の声に耳を傾けることが不可欠である。しかし、ブランド氏が省察するように、そうした声をどのように表現し伝えるのかという問題も「最大の課題の1つ」だ。

    モレノペニャランダ氏も同意し、次のように語る。「地元の人々へ実地調査を行うことは必須でした。農家の人々や林業者、漁師、市の職員の方たちにイ ンタビューをすることで、私は論文に書かれた理論やビデオに映ったイメージなどよりもずっと、金沢市の人と自然のつながりを理解することができました。イ ンタビューを通じて、自然と共に自分たちの街で日々働く人々や、彼らが語る物語、彼らの希望と不安にインスピレーションを受けました」

    ブックレットと映像には、今でも金沢で伝統的和傘を手作りしている数少ない職人の1人、松田弘氏 を含む地元の人々の物語が織り込まれている。松田氏によると、100年前には、地元でとれる自然原料を使った伝統的和傘を作る店は100以上あったとい う。芸術的かつ機能的な和傘は、いかに気候と自然が物質文化とライフスタイルに影響を及ぼしていたのかを語る一例だと彼は説明する。

    冬:四季から学ぶ教訓を顧みる時

    毎年、冬が訪れる前に、金沢市の中心に位置する兼六園では、樹木の枝の間に立てた支柱から、木を包むように縄を下ろす。雪から木々を守るためだ。金 沢市の街の風景に見られる特徴の多くは、冬季の気候への対処である。例えば、伝統的な家の軒は風雪から家を守るために低く作られており、道には消雪水路が 設けられている。装飾的な庭園では、降り積もった雪の重みに耐えられるように昔ながらの様々な手法が施されている。写真:Yoshiaki Adachi

    ドキュメンタリー「金沢市の四季 人と自然の物語」とブックレット「金沢市の生物多様性」が強調するのは、地域文化の豊かさとは、たとえ都市の環境 であっても人々と地元の生物多様性は相互に深く作用するという認識の直接的な反映であるという点「生物多様性に優しい」都市になるためには、その都市の独 特の文化を理解することが不可欠だと示している。

    「世界は急速な都市化が進み、『国連生物多様性の10年』が間もなく始まります 。都市の問題はもはや無視できません。金沢市の事例が問題への取り組みの一例となり、文化と生物多様性は深く関連しているというメッセージを広める一助と なれば、このブックレットと映像作品は大きな成功を収めるでしょう」とモレノペニャランダ氏は語る。

    金沢市では、その成果がすでに現れ始めたようである。自然環境の変化に対する地域住民の意識が高まり、新たな政策と行動に結びつきつつあるのだ。金 沢市の地方自治体は、有機農法、地域の種子の保護、劣化した森林の再生といった、生物多様性の喪失を抑制する数々の対策を導入した。こうした取り組みは地 元のステークホルダーや団体と協働して展開されており、金沢市は生物多様性と都市の政策目標を統合する興味深い事例として注目されている。

    ブランド氏は、ドキュメンタリーでとらえた金沢市の人々の自然への愛情が今後も「世界の人々に土地と自然への愛着を思い出させる」ことを望んでいる。

    生物多様性と文化の橋渡しに成功したコラボレーションを通して、このプロジェクトは時宜にかなった重要なメッセージを伝えている。

    「金沢市から学べる主な教訓とは、文化が重要だということです。地元の価値観、慣習、伝統、暮らしを理解しなければ、都市と生物多様性の問題を考えることはできないし、考えるべきでもないのです」とモレノペニャランダ氏は言う。

    まくどなるど氏は、次の点をぜひ指摘しておきたいと言った。「周囲の環境から得た自然素材を使って作られる伝統工芸を守ろうとしてきた金沢市の人々のたゆまぬ努力を、私たちは大いに称賛すべきでしょう」

    次回、新たな季節の到来と共に、同プロジェクトのブックレット「金沢市の生物多様性」から冬に関する記事と、ドキュメンタリー映像の冬に関する部分をお届けする予定です。

    協力者について

    あん・まくどなるど

    あん・まくどなるど氏は2008年4月、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長に就任した。日本の農山漁村のフィールド調 査で長い経験があり、日本研究、環境学、農山漁村を中心とした環境史などに関心がある。彼女の研究は2004年カナダ首相出版賞を受賞するなど、数々の受 賞歴がある。農林水産省や財団法人地球・人間環境フォーラム、その他の組織で委員を務め、積極的に活動している。

    ラケル・モレノペニャランダ

    ラケル・モレノペニャランダ氏はUNU-IAS OUIKのリサーチ・フェローである。持続可能な自然資源管理を中心とした研究に携わり、自然と社会のつながりを考察している。主なプロジェクトの1つで は、持続可能性と地域の福祉における都市の生態系の役割を研究している。特に地域文化と価値に注目して、地元の生態系サービスと生物多様性を強化し、都市 の生活の質の向上とエコロジカル・フットプリントの削減を目指す。また彼女は沿岸部・海洋の持続可能性の調査にも携わり、生物多様性の保護と持続可能な利 用、日本や外国での効果的な環境ガバナンスのための統合的基盤としての里海の可能性を探究している。さらに、日本やアジア諸国における農業生物多様性ホッ トスポットのダイナミックな保護戦略にも取り組んでいる。3つの主要なプロジェクトの他、インドネシアにおける油ヤシの社会生態学的な持続可能性の調査、 沖縄の沿岸地域の環境評価、ブラジルのサンパウロ市の炭素ミティゲーションや生物多様性の保護や地元の福祉にとっての都市の生態系の可能性の研究にも携わ る。モレノペニャランダ氏はワシントンDCの地球環境ファシリティー など、地方自治体、国際的な環境NGO、市民社会活動組織、多国間開発団体のコンサルタントや顧問、研究コーディネーターを務めた経験がある。

    ブランド・かおり

    ブランド・かおり氏は、アメリカおよび日本での経験豊富なドキュメンタリー映像作家である。現在は東京を拠点に、国連大学メディアセンターで、人間と自然 と持続可能な開発の関係を探る幅広いテーマのドキュメンタリー作品を監督・製作している。ブランド氏はまた、受賞歴のある国連大学のバイリンガル・ウェブ サイトOurWorld 2.0のプロデューサーの1人である。同ウェブサイトは気候変動、食料安全保障、生物多様性の喪失、ピークオイルといった世界的な問題への解決策を紹介す る。彼女は日本の高齢化と社会への影響を探った国連大学のドキュメンタリー作品「英知への歳月 21世紀の高齢社会」で監督とプロデューサーを務めた 。さらに人気アニメシリーズ「ポケモン」の英語版でアシスタント・プロデューサーを務めた。現在彼女が取り組んでいるプロジェクトの1つは、日本における 陸地と沿岸の伝統的な管理システムに注目した「里海」に関するドキュメンタリーだ。

    翻訳:髙﨑文子