2011年11月5日
Photo: Tim Brauhn
ピラミッドの底辺(Bottom of the Pyramid: BOP)とは、コミュニティにおいて最大かつ最も貧しい社会経済グループを指すが、ごく最近まで、持続可能なコミュニティ開発を目指してこれらの低所得者層市場に投資することについては、ほとんど関心が向けられてこなかった。
その重要性を指摘する文献は豊富にあるのだが、途上国の富裕層と貧困層の格差が急速に広がり続けていることについて書かれた学術論文において、実際的な方向づけが示されることはまれだ。現在の研究は専ら、BOP市場から機関投資家が得られる見返りを取り上げていて、持続可能なコミュニティ開発と適用可能な投資モデルの関係に実務的に着目したものはほとんどない。
すでに確立されている1つのアプローチは、貧困層に金融サービスを提供してマイクロ・エンタープライズと呼ばれるごく小規模の事業の立ち上げを支援し、貧困削減につなげることだ。すぐに頭に浮かぶのは、何年も前にグラミン銀行が始めたモデルだろう。バングラデシュで設立された同行は貧困層向けの草の根金融機関で、貧困ライン以下で生活しながらも小規模事業を始めたい、伸ばしたいと思っている個人に、小口融資をはじめとする金融サービスを提供している。
このモデルでは、銀行側は1人のフィールドマネジャーが多数の職員と共にユニットとして行動し、15から20の村から成る1エリアを担当する。一方、融資希望者は5人でグループを組み、第1段階ではその中の2人だけが融資を受けることができる。最初の2人が銀行の規定に従い、利息をつけて元金を返済すれば、他の3人も融資を受ける資格を得る。この条件があるために、各々はグループの他のメンバーのために自らの返済義務をしっかり果たさなければならないという気持ちになる。この意味では、共同責任が融資の担保になっている。
しかし、開発経済学者のミルトン・ベイトマン氏は2010年の著書「Why doesn’t microfinance work? A destructive rise of local neoliberalism(なぜマイクロファイナンスは成立しないのか?崩壊の予感に満ちた地域ネオリベラリズムの台頭)」において、グラミン・モデルがどこでもうまくいくわけではないと述べている。彼の主張によれば、グラミン・モデルが掲げた貧困削減という目標は、1世代の内に達成できなくなっている。アダムス氏やフォン・ピシュク氏といった他のマイクロファイナンス専門家も、グラミン銀行のマイクロファイナンス・モデルがいくら評価されていても、楽観はできないと警告を発している。
よく知られているグラミン方式とは対照的に、共同出資モデル(CIM)は既存の貸付モデルを元に、農村部の貧困層および都市部のスラムの開発を明確な目標に掲げ、グループ貸付・出資アプローチを採用、実践するものだ。具体的な進め方としては、まず、BOPに属する1人が貧困ライン以下で生活する10人から20人のグループを作る。それから、そのグループは、マイクロファイナンスを提供している機関や組織に融資の申請を行い、1週間の研修を受け、グループ出資を始め、うまくいけば利益を上げる。
このモデルは、強力な共同責任、仲間同士の相互監視、設立されたプロジェクトの持続可能性に不可欠な共同所有意識に支えられているため、信用履歴や担保は必要ない。さらに、グループは隔週でミーティングを開き、進捗状況を確認するほか、毎月、貸付機関が実施する、金融に関する研修を継続的に受けなければならない。そして、最終的に完済すれば、グループは事業拡大のために、次の融資を申し込むことができる。
途上国では農村部でも都市部でもBOP人口の占める割合が急速に増加している。そのような状況の中、貧困削減のツールとしてBOP市場を効果的に活用するのであれば、CIMは適切に用いられる限り、強力な基盤となって、スラムの生活向上や地方の発展を内側から推進することができるだろう。
途上国の人口は現在、急速に増加を続けており、中でも貧困層の割合はさらに高い率で伸びている。現在の人口増加傾向が続くと、途上国における都市部の人口割合は2030年までに50%を超え、また、現在のように、スラム人口が5%の割合で増え続けると、都市居住者の60%以上がスラム暮らしということになる。
都市部の底辺、特にスラムにおいては、居住者は複数の側面から成る持続可能性の問題に直面している。その中では、清潔な飲料水、適切な衛生設備、ゴミ処理システム、環境に優しいエネルギー源、住居などが欠如している。このような問題については、官民の介入が必要である。
キベラはアフリカ最大ではないものの、ケニアでは最大のスラムである。ケニア政府の統計によると、キベラの人口は17万人にすぎないが、国連人間居住計画(ハビタット)は合計35~100万人と見積もっている。ナイロビの住民に清潔な水を提供し、衛生設備を改善することに力を注いでいるNGO、ウマンデ・トラストによると、キベラでは前述した通りの問題が山積しており、多くの人命が甚大な危険にさらされている。面積にすればわずか2.5平方キロメートルのキベラだが、ナイロビの中心から約5キロという立地が、雇用の口を求めて農村部からやってくる人たちを惹き付ける理由である。
キベラには、ゴミやくず、ホコリ、チリなどがあふれている。また、下水溝がむき出しで排水設備が整っていないため、人間や動物の排泄物、その他あらゆる類いの排出物で汚染されている。貧困と不衛生、それに栄養不良が相まって、多くの病気を引き起こしている。
キベラは生活上の問題を多数抱えているが、その中でも主なものは、1) 清潔な飲料水が入手できないこと(都市部の人口の半分が貧困層だが、彼らの居住区で清潔な飲料水を入手できるのはわずか20%)、 2) 衛生設備がないこと(約50軒の小屋で1つのピット式トイレを共有している)、 3) 電気が使えないこと(キベラの60%では電気が通っていない)、4) ゴミ処理施設がないこと(概算では、キベラでは1日に150トンから200トンのゴミが排出される)、である。
Our World 2.0で以前取り上げたように、ナイロビの市当局でこれらの公共サービスをすべては提供できないため、その役割はNGOが引き受けることになっている。だが、NGOが手を引いたら、誰も開発プロジェクトを引き継がない。
このように気が遠くなるほどの問題が立ちはだかる中でも、CIMは中小規模の企業 (SMEs)を絡めた強力なツールになりうる。東京大学(サステイナビリティ学教育プログラム修士課程)と共同で行った私たちの調査では、水の配給所や売店への投資を促すモデルを提唱した。地域の人々はそこで、従来の業者よりも手頃な価格で水を買うことができる。
CIMは衛生システムへの投資にも応用できる。特にバイオガス施設は、ゴミ処理、再生可能エネルギー、農業用肥料、起業能力と経験など、複数のメリットをもたらす。バイオガス施設はそれぞれ3階建てとして、1階にシャワーとトイレを設置すれば、2階は主にコミュニティで活動する組織向けの賃貸オフィスまたはミーティングスペース、3階はカフェテリアのような小規模事業向けに使うことができる。
その施設で作り出したバイオガスはエネルギーとして利用する。バイオガスは可燃性で、人間や動物の排泄物、生ゴミ、植物などの有機物を微生物の働きで嫌気性発酵させることによって生成される。バイオガスはさまざまなガスで構成されているが、多くはメタンや二酸化炭素である。
人間の排泄物は1人1日あたり約0.4kgで、そこから0.1立方メートルのガスを作り出せる。これは、1人1回分の食事を準備するのに十分だ。建設された施設に集められたガスに、周辺住民が対価を払い、調理や照明に用いる。
バイオガスの他にも、この施設から肥料を取り出し、直接的に農業で活用できる。その上、衛生設備が改善されることによってスラムの水源の水質が向上し、水媒介性の病気の流行を抑えることができる。
このように、持続可能なコミュニティ開発に向けてBOP市場でCIMを活用することには複数のメリットがある。グラミン・モデルは、マイクロ・エンタープライズを支援する一方で産業の発展を阻む恐れもあるが、それとは異なり、CIMは中小規模の産業への投資を促進するものだ。
たとえば、キベラ・スラムのバイオガス施設に投資すると、経済的に実現可能で、環境に優しい数多くのメリットが付随して生じる。人間の排泄物からバイオガスを生成、利用することには3つの大きなメリットがある。すなわち、衛生設備が改善されること、グリーンエネルギーが低コストで利用できるようになること、農業用の肥料が得られることだ。それに加えて間接的なメリットとしては、水源の汚染が軽減されることや起業家精神が醸成されることがあり、これらはいずれも都市部におけるBOPの持続可能性を高めるのに不可欠な側面だ。
つまり、スラムの衛生設備に関わるCIMの基本的な目的は、公共サービスの提供を促進して居住者の生活環境を改善することだが、それは同時に、ビジネス志向の解決策にもつながるのだ。そこから経済的なインセンティブが生じることで、金融機関などの組織が衛生設備への投資に目を向けるようになる。
さらに、共同責任と所有意識で支えられたプロジェクトを育成するCIMモデルは、現地の人々が自らのコミュニティの発展に向けて持続的に努力するのを支援するような、革新的な投資にも適用できるので、「アイデアの貧困」という問題に立ち向かうことも可能になるのだ。
翻訳:ユニカルインターナショナル