2012年12月3日
Photo: L. Patron/UNU
タジキスタンとキルギスタンに広がるパミール高原とパミール・アライ山脈は、世界でも有数の人里離れた美しいランドスケープを形成している。しかし、この隔絶したドラマチックな景色には、極端な気候と社会経済的な周縁化が伴う。結果的に同地のコミュニティーは中央アジアで最も貧しい社会となっている。
海抜3500メートルに位置するキルギスタンのアライ渓谷は、1年のうち半分以上は長く厳しい冬に直面し、その間は道路を遮断されてしまう。そのため、地元の農民たちは季節限定の小さな可能性として、短い夏にしか作物を耕作できない。
ソビエト連邦時代のトップダウン的なガバナンスや集団農場、種畜業から脱却した後、アライ渓谷の村人たちは伝統的な農業知識を取り戻すために奮闘してきた。彼らは主に家畜の飼育に依存し続けたが、その慣行が土地の劣化を悪化させ、放牧地の生態にマイナスの影響を与えてきた。
アライ渓谷の厳しい気候条件により、村々で可能農業は数種の丈夫な作物に限られている。主な作物は家畜のエサとなる干し草や大麦のほか、ジャガイモのように低所得世帯が自給するための作物である。しかし、こうした作物でさえ丈夫ではない。霜の影響によって1回の収穫がままならなければ、農民たちは経済的に最悪の事態に直面する可能性があり、最良の収穫から得られる収入もいまだに低い。
地元で生まれた発想
この地域の農民たちは十分な資金を持っていないことが多く、自分たちの経済状況を改善できるかもしれない新しい作物に挑戦するリスクを負うことはできない。しかし中には、伝統的な穀物栽培の範囲を超えようと意欲的に創意工夫を施す人もいる。彼らはミクロ的な革新に向かって農業の転換を主導しつつある。
本稿に関連する動画に登場するBuunisa Termechikova(ブニーサ・ターメチコーバ)さんは、キルギスタンのチョン・アライ地区でこうした転換に貢献している農家の1人だ。彼女の情熱は自宅での「温室」から始まった。
「私は色々な植物を育てたいと思っています。今年はトマトの種を買って、植えてみました。トマトの生育状況は順調で、すでに熟し始めています。家の外では何も育たないけれど、家の中に一歩足を踏み入れれば、花もトマトもキュウリもあって、うれしくなります」
ブニーサさんと彼女の夫であるBaratbai Tashkulov(バラットバイ・タシュクロフ)さんは、屋外の小さな農地を使ってニンニクやディルといった新しい作物の栽培を実験している。実験の結果は有望で、期待は高まっている。なぜならニンニクのような作物はジャガイモの3倍の値段で売ることができるからだ。
しかしブニーサさんやバラットバイさんのような農民たちには、コミュニティーの支援や特定の技術支援、新市場に参入するのに必要な人脈といったセーフティーネットがなく、新しい作物をさらに栽培するには問題に直面する可能性がある。
そういった状況に対処するのが、パミール高原とパミール・アライ山脈における持続可能な土地活用(PALM)プロジェクトである。PALMはキルギスタンとタジキスタン両国政府による国境を越えた統合的なイニシアチブであり、国際連合大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)との提携で実施される。このイニシアチブは、中央アジアで有数の重要な淡水源であり生物多様性ホットスポットが存在する地域における土地劣化と貧困の相互作用的問題に対処している。
農業の新しい形を促進する革新的なアプローチにおいて、PALMはアライ渓谷の農業従事者たちが提案する様々な先駆的マイクロプロジェクトを支援している。
UNU-EHSでPALMの地域プロジェクトのコーディネーターを務めるニベリーナ・パコーバ氏は次のように説明する。「要するに、地元から生まれた解決法が地元の条件に最も合うのです。そしてコミュニティーがプロジェクトを管理すれば、その維持や追跡調査への投資を確実にすることができます。さらに、こうした手法は追加的な外部資本がなくても他の農民グループが比較的容易に再現することが可能なため、より広い地域でボトムアップ的な変化を促進する役割を果たせるのです」
集合的な影響
このようなマイクロプロジェクトの1つが、ブニーサさんとバラットバイさん夫妻や近隣の農民たちが共同で組織した、コミュニティーによるニンニク栽培グループである。地元のグループが始めたプロジェクトに必要な能力開発を提供することによって、PALMプロジェクトは事例を通じて持続可能な農業を導入する起爆剤となり、集合的活動と知識交換に向かう傾向を促進している。
写真:ルイス・パトロン
「近隣の人々などがこの計画を知って、自分たちにもできると気づいたのです」とバラットバイは説明する。「だから彼らは私たちのところに来て、育て方を教えてくださいと言うのです」
PALMは個々のイニシアチブを支援しているわけではなく、またPALMプロジェクトの目的はニンニクのようなある特定の作物だけを育てるようにコミュニティーを促すことではない。そのようなことをすれば、経済的恩恵を低減し、単一栽培への依存という新たな状況を生み出す恐れがある。ミクロプロジェクトに注目することによって、PALMはコミュニティー主導の革新を培い、新たな手法への挑戦が短期的にも長期的にも恩恵をもたらすことを証明しようとしている。
そうした恩恵と影響を評価することは、UNUチームの主要な役割の1つであり、他の持続可能な土地計画プログラムで得られた教訓を共有し合うことがゴールである。マクロのレベルでは、タジキスタンとキルギスタン両国政府はすでに、その他の山岳地域のためのPALM戦略と行動計画の導入を検討中である。
長期的な影響に関してパコーバ氏は、同チームが「意思決定のより高いレベルにおいて法的な政策および戦略的計画の変化を引き起こそうとしています。そうすれば、同地域の長期的な持続可能な開発の条件を改善できるのです」とコメントした。
しかしブニーサとバラットバイのような農民たちにとって、短期的および長期的影響は切実だ。彼らの農地での新たな農業の多様性は、通常の食生活には欠けていた栄養をしっかりと供給している。バラットバイは次のように望んでいる。「私たちの子供たちや孫たちが将来もこの仕事を続けてくれればいいですね。もし私たちが今やっているようにニンニクや玉ねぎを栽培し続けてくれたら、子供たちや若者たちは繁栄できるでしょう」
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チョン・アライ地区のマイクロプロジェクトはパミール高原とパミール・アライ山脈における持続可能な土地活用(PALM)プロジェクトによって支援されました。PALMは地球環境ファシリティーとその他の資金供与者から資金を得て、タジキスタンのCommittee on Environment Protection(環境保護委員会)とキルギスタンのNational Center for Mountain Regions Development(山岳地域開発のための国立センター)によって実施されています。国連環境計画は同プロジェクトの事業機関であり、国際連合大学は国際的な実行機関です。
PALMプロジェクトの成果の概要を知りたい方は、国連大学ポリシーブリーフ『Toward sustainable land management in the Pamir-Alai mountains(パミール・アライ山脈における持続可能な土地管理に向けて)』をご覧ください。
翻訳:髙﨑文子