ヒエラルキー:学習の妨げか、後押しとなるか

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  • 2013年10月25日

    イザベル・デ・ソウザ

    hierarchy in learning

    Photo: UNU-MERIT

    スタッフ向けのオンライン・トレーニングの開発に取り組む組織が増えてきているものの、そのトレーニング参加者の階層的な順位というものはほとんど考慮されていない。学習の場にあって私たちは皆、同等なのだろうか。それともヒエラルキーによって、私たちのネットワーク上の行動に影響が出るのだろうか。

    Martin Rehm(マーティン・レーム)博士は、博士課程でオンラインの学習コミュニティ (CoLs : Communities of Learning) 内におけるヒエラルキー・ポジション(階層的位置づけ)の研究に取り組んだ。e- ラーニングのプロジェクトマネージャーであり、国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)およびマーストリヒト大学院ガバナンス研究科の上級研究員でもあるレーム博士は、マーストリヒト大学で経済学を学び、最近「Unified yet separated: Empirical study on the impact of hierarchical positions within Communities of Learning(分離ではなく統合を:学習コミュニティ内での階層的な位置づけによる影響の実証的研究)」と題する論文を完成させた。

    レーム氏にとっては、CoLに着目し研究することは自然な選択だった。「e- ラーニング・プロジェクトマネージャーとしての立場から、私はそれが学習コミュニティと呼ばれるものと意識することはなかったものの、その存在をたびたび目にしていました。そのとき私は、ヒエラルキーについて、それがどのように人々の行動や実績に影響するかについての仮定は、ほとんどの場合、直感に基づいてたてられていると気づきました。そこで、私はこのテーマを研究することにしたのです」

    この主題はまた、レーム氏の指導教官であったWim Gijselaers(ヴィム・ジェセラルス)教授とMien Segers(ミエン・セヘルス)教授に対しても訴求力のあるものだった。「職場における学習と開発という局面において、多くの企業がさまざまな種類の学習システムを、勘と技術的にできることに基づいて開発しています」。しかし、セヘルス教授によれば、現行で実現できるテクノロジーを出発点にすることはリスクをともなう。「テクノロジーが花盛りであっても、それはただの道具であるということを忘れてはいけません」

    「学習コミュニティをより高いレベルに」マーティン・レーム博士のインタビュー。

    ケーススタディ (事例研究)

    こうしたデータは、グローバルな組織の従業員の日々の業務における能力や技能の向上を目的とした、オンライン上のトレーニングプログラムから収集された。半年間のという期間内に2回配信されるトレーニングプログラムは、経済のさまざまな領域(例。ミクロ経済と国際取引など)をカバーする所定の5つのコンテンツ・モジュールに重点が置かれている。

    このプログラムは、混合した学習アプローチを基礎として築かれている。研究の焦点となる最初の部分は、同時に参加するスケジュールがない状態で、完全にオンライン上で14週間にわたって行われた。無事に修了すると、参加者には欧州の(大学の)単位の累積・移行制度に基づく単位とともにプログラム参加の証明書が付与される。

    参加者は2種類の学習活動に取り組むことになる。一つめは、ウェブレクチャーやオンラインパズルなどの(マルチメディア)学習素材を使って、参加者が自分で学習するものである。次に、オンライン部分の重要な構成要素として、参加者は共同で非同期のディスカッション・フォーラムを介して現実の課題について議論することになる。

    フォーラムは各10~15名ずつ、専用CoLに設定された。各コンテンツ・モジュールは異なるタスク(課題)とディスカッションフォーラムを与えられた。これらのフォーラムへの参加は必須かつ、証書を授与する資格の決定打として考慮される。後者のディスカッション・フォーラムは各CoLの2人の学術スタッフによって遂行された。

    彼らスタッフは参加者の貢献に対する評価責任を持っており、ディスカッションを進行させ、必要に応じて技術的なサポートを行った。

    オンライン部分の最後に、参加者は最終試験の後、総合的な評価を受けることになった。この評価過程についての詳細は、レーム博士の論文で説明されている。

    積極的な取り組み

    CoLs 内での階層の役割となると、意見は分かれる。

    「階層がもたらす影響がプラスであるかマイナスであるかは、皆さんの視点と、CoLsがどうあるべきかという考え方によります」とレーム氏は言う。「私はより積極的に前向きな姿勢で物事に取り組むことに決めました。トップレベルの管理者がそのデータセット内のグループが行ったのと同様に行動した場合、オンラインコミュニティ内での学習にプラスの影響を与えることになると私は考えています。上位管理者はその知識や経験を共有することにより、ディスカッションを発展させ、そして下位管理者にそうした具体的な知識をどう生かすかを理解させ、学ぶのを助けることができます」。

    人事部の責任者などは、CoLs内で役割を交代させ、力関係に変化を生じさせるためにこうした、参加者の予想される行動(上位管理者が主導し、下位管理者は議論を観察する)という情報を活用したいと考えるのではないか、とレーム氏は語る。

    ジェセラルス教授はその経歴を通じて、私たちが学ぶ方法に階層が与える影響を目の当たりにしてきました。「学習の現場では、私たちは各人の経歴や経験、地位などを考慮せず平等に扱うようにしています。しかしマーティン・レームが論文の中で明確に示したことは、人々は平等ではなく、それは無視できない事実だということです。学習のセッティングにおいて、その人の地位を組み込んでしまうというのは当然のようにあることなのです」

    レーム氏の研究で明らかになった最も興味深いことのひとつに、階層順では低いポジションにあるにもかかわらず、彼ら自身の学習にも他の参加者にとっても重要な貢献を行った、非常に活発な参加者のグループである「スター」集団の出現がある。

    しかし、彼らのようなグループはどのように出来上がり、なぜ他の参加者たちより群を抜いているのだろうか。「この課題については、更に研究すべき余地があります」とレーム氏は言う。「とはいえ、これは本部からの距離感がモチベーションを後押しすることになったのかもしれません。言い換えるならば、このグループの人々はより強い動機を持っていて、階層内の位置関係にとらわれず、キャリアの階段を上りたいと思っている人々なのではないでしょうか」

    特別な関係

    通常、博士号の候補者には、第一そして第二の指導教官、あるいは二人の教官がつくものだが、ここでのミエン・セヘルス教授 とヴィム・ジェセラルス教授の役割はそうではなかった。「博士号候補者の多くは、私たちが親密な関係にあるか、もしくは結婚でもしているのではないかと考えるでしょうね」と言ってジェセラルス教授は笑う。主たる指導教官であるジェセラルス教授と、対等な立場で指導にあたるセヘルス教授は、博士号候補者とともに研究を行うにあたって、これはうまくいっている組み合わせだと考えている。「私たちは独自のやり方をもっていて、お互いに補い合っているのです。どちらも学生と平等に接する仕事をする上で、私たちにとっては、これが最良の方法なのです」

    インタビューの間、3人が非常に良い関係で研究を進めていることはよく分かった。非常に友好的でリラックスした雰囲気の中、彼らの話はウィットに富んでおり、オープンで、教育や研究にかける情熱が伝わってきた。

    「経験を積んだ経済学者が教育の現場で働くにあたって、固定観念の変換が求められています。そして私自身にとってもこれは学ぶべきことなのです」とレーム氏は言う。「はじめこれは簡単なことだと思っていましたが、後になってそうではないと分かりました。ミエンとヴィムはこの点を熟知して私をずっとサポートしてくれていたのです」

    ジェセラルス教授が付け足した。「私たちはマーティンが経済学者としての視点を脇へ追いやるように助言し、結果的に、論文審査官を含め私たちの分野の人々はマーティンの研究を高く評価しました」

    レーム氏はまた、指導教官たちから自由を与えられたことに感謝を述べている。「2つの異なる視点からコメントとフィードバックをもらえ、そのどちらを取るのかは自分の判断でできるのですから」

    付加価値

    「私は、階層の存在が障害として考えられるべきではないと考えています」とレーム氏は言う。「CoLs の設計や進行の際に階層が考慮されれば、組織とスタッフの双方がその中から最大の収穫を得られるでしょう。皆が公平な競争の場を持つことで、本当に重要な自ら学ぶことの代わりに参加者の行動も変わらざるを得なくなります」

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    本稿はUM Magazine に掲載されたものです。