2011年10月26日
Photo: Volker Neumann
2億3000万人の人口を抱えるインドネシアは、世界でも主要な新興経済国であると同時に、温室効果ガス(GHG)排出国のひとつである。インドネシアの National Council on Climate Change(気候変動評議会)によると、同国は2005年には2.1ギガトンの二酸化炭素(GtCO2)を排出している。つまり、国内総生産では世界の0.6%にすぎないインドネシアが、温室効果ガスについては世界の5%を排出しているのだ。
世界的に見ると、温室効果ガスは化石燃料の燃焼を原因とするものが57%を占める。しかし、中国やインドと異なり、インドネシアでは大方が産業活動以外に由来する。実際にインドネシアの総排出量の38%は泥炭地(過半数は火災が原因)、35%は土地利用変化によって発生したものだ。
世界で3番目に広い熱帯雨林を持つインドネシアにおいて、これは今後も甚だしい環境劣化と医療コスト、農業生産性の低下、物的損害が続くことを意味する。気候変動に関する国際連合枠組み条約にインドネシアが提出した第2回国別報告書によると、このままでは、泥炭地火災および土地利用と林業部門によるGHG排出量は、2030年までに 1.64 GtCO2に増加し(2005年のGtCO2の排出量は0.91)、全排出量は3.3GtCO2になるということだ。
インドネシアのような国において、このような望ましくない状況が進行するのを阻止するために、経済成長と発展を追求する新しい方法である「グリーン成長」が提唱されている。この概念は、環境劣化、生物多様性喪失、自然資源の持続不可能な利用を回避すると言われている。また、来夏の持続可能な開発に関するリオ+20国連会議のテーマ、「持続可能な開発と貧困軽減のためのグリーン経済」にも関係している。
グリーン経済を達成するためには、いくつかの戦略的要素が必要なことが明らかにされており、それらはすべてインドネシアにあてはまる。その中には、1)石油製品への助成金を段階的に廃止すること、2)イノベーションとグリーン技術の普及を促進すること、3)労働者のスキルおよび能力向上を目的とする政策を実施することにより、持続可能性への移行を支援すること、4)国際協力を強化すること、5)社会・経済・環境指標を備えた、透明性と信頼性が高い会計の枠組みを策定することにより、進捗状況を測定すること、などが含まれる。
グリーン成長への移行は化石燃料から再生可能エネルギー源へのシフトも伴う。これがとりわけ重要なのは、インドネシアのエネルギー鉱物資源省によると、インドネシアはエネルギー需要の50%以上を石油に依存しており、その依存度が1990年から2008年までに年間3.7%の割合で急速に増えているからだ。
しかし、国内埋蔵石油の枯渇、石油採掘資金の不足、石油消費と生産の不均衡などから、インドネシアは2004年、実質的に石油輸出国から石油輸入国に転じてしまった。
2005年には、石油価格の高騰により、インドネシア政府が提供する補助金は20億米ドルから、インドネシアのGDPの3.4%にあたる97億米ドルにはねあがった。この年全体では、インドネシアが化石燃料に依存しているエネルギーの割合は96%にも上った。56%が石油、19%が石炭、21%がガスである。一方、再生可能エネルギーは残りの4%にすぎなかった(3% が水力発電、1%が地熱発電)。
2006年には、この状況に対処するために、インドネシア政府はいわゆる「エネルギーミックス政策」を実施した。この政策には2本の柱がある。それは、エネルギー供給の確保と再生可能エネルギーの割合の増加だ。同政策では、全エネルギーにおける再生可能資源の割合を2006年の4%から2025年には15%まで高めることになっている。その内訳は、5%が地熱、5%がバイオ燃料、そして残りの5%は、風力や太陽光といったその他の再生可能資源だ。
(その後、2010年には、インドネシアエネルギー庁(National Energy Agency)が「ビジョン25/25」に基づき、再生可能エネルギーの割合を2025年までに25%にすることを提案した。ただし、この提案についてはまだ議論が続いており、立法化には至っていない)
では、先述の政策は今日までにどのような影響をもたらしているだろうか? まず、経済協力開発機構(OECD)によると、ミックスエネルギー政策は、化石燃料への補助金を2009年にはGDPの3.4%から1.8%に削減することにつながったため、環境に対して良い影響をもたらした。最近では、政府は手厚い補助金を与えてきた家庭調理用の灯油を段階的に減らして、2012年までに液化石油ガスに切り替えようとしている。
主要な影響として二つ目に挙げられるのは、バイオ燃料作物栽培のための整地と農地拡大が進んだことだ。バイオ燃料作物(油ヤシ、サトウキビ、キャッサバ、ナンヨウアブラギリ )の新しいプランテーションがいくつかある。また、バイオエタノールやバイオディーゼルに関わる加工工場の開発も進んでいる。2025年までには、1000万ヘクタールもの土地がバイオ燃料作物の栽培専用に用いられることになっている。私たちの調査によると、食品および化粧品業界にとっても重要な商品である油ヤシは、生産コストが低いわりには収穫高が多く、バイオ燃料作物の中では最も生産性が高い。
しかし、土地の制約上、油ヤシ作付面積を計画通り1800万ヘクタールに拡大すると、森林減少は免れず、それがさらには生物多様性の喪失、生態系の変化、水と土地をめぐる地域の争いを招くだろう。
主要な影響の三つ目は、2009年に開始された森林減少・劣化の抑制等による温室効果ガス排出量の削減—開発途上国における森林保全 (REDD+)プログラムと、バイオ燃料生産面積拡大の矛盾が明らかになったことだ。REDD+は森林減少を一時停止させ、再植林計画を促進し、理屈としては、泥炭地火災と森林減少を原因とする温室効果ガス排出量を劇的に減少させることになっている。2010年12月、メキシコのカンクンで開催されたCOP16では、援助国はREDD+向けに300億米ドルの支援を約束した。
しかし国ごとのREDD+プログラムで効果を上げようとすると、法律で規制を設け、透明性を持たせ、GHGの減少を検証できるようにしなければならない。また、重要なことだが、その仕組みには、REDD+プログラムの結果として費用負担を余儀なくされた人たちに補償金を支払う制度も必要だ。だが、世界銀行を含む一部で上がっている声によれば、REDD+による補償は、大量の炭素が蓄積されている地域から離れて開発することを促すには十分でも、森林地における油ヤシ栽培で得られる収入には見合わないかもしれない。
インドネシアの気候変動評議会(National Climate Change Council)の計算によると、エネルギーミックス政策の成功を受けて、インドネシアでは2030年までに2.3GtのGHG排出を削減することが潜在的には可能だ。これは、気候変動に関する政府間パネルから求められている、世界のGHG排出削減量の7%にあたる。
さまざまな国の政策目標に矛盾があることを考えると、この目標を達成し、グリーン経済の実りを収穫するのは容易ではない。2006年のエネルギー政策はバイオ燃料作物の作付面積を増やすことを掲げているが、2009年の気候変動政策は森林減少に歯止めをかけることを求めている。だからこそ、森林減少を引き起こしかねない形でバイオ燃料作物の作付けを拡大するのではなく、技術とイノベーションによって既存のプランテーションにおける生産性を維持・向上させる方が、より多くの成果を上げられる可能性がある。
移行のスピードを上げるには、地域主権と地方分権により州や地方が独自に経済力と政治力を持つことが不可欠だ。地方自治体の方がジャカルタの中央政府より社会、経済、そして環境の上での主要な懸念により適切に対処できる。中央政府の権限は、気候変動と経済に関する国際的な体制に合わせて、国としての基準や法的な手段を設定するだけにとどめるべきだ。
今後の政策については、国のレベルでさらに整合性を図るだけでなく、インドネシアの発展と軌道を共にする、持続可能なグリーン成長の道筋を確実にたどるものにしなければならない。現在、インドネシアの温室効果ガス排出量は泥炭地火災や森林減少によるものが大半を占めるが、将来的には電力や交通部門から発生する排出量が増えていくだろう。それらによって生じる課題はインドネシアにとっては新しいものでも、他の先進国はすでに取り組んできたものである。インドネシアがその経験から学べるのならば、おそらく、インドネシアの持続可能性への移行は、グリーン成長を追求する他の先進国および新興国に教訓を示すものになるだろう。
この記事は、Environmental Innovation and Societal Transitionsに掲載されたジュペスタ氏らによる論文「新興経済国における持続可能性への移行の管理:インドネシアにおけるグリーン成長政策の評価」 に基づいています。
翻訳:ユニカルインターナショナル