2012年3月27日
Photo:Shuttersparks
海洋は地球表面の70%以上、生物圏の95%を占めている。表面積でも体積でも、地球の生物圏における最大の生物群系は、外洋(遠洋)と深海(底)に属している。ゆえに宇宙から見た地球が「青い惑星」と呼ばれることは、驚くことではない。
世界の海洋の大部分は、各国家の沿岸域からはるか遠く離れて存在している。海洋の深さに関する知識がないために、こうした海域は長い間、遠くて厳しい環境で、生物学的に不毛の地だと考えられてきた。深海は探検家たちの想像力を刺激したものの、世界の大半の人々は、あまり関心を持つこともなく、海洋の管理や保護は常に二の次にされてきた。
実際には、「Census of Marine Life(CoML:海洋生物のセンサス)」やTony Koslow(トニー・コスロー)の「The Silent Deep(沈黙の深海)」といった最近の調査が明らかにしたように、遠洋の深海や外洋の生物多様性は世界でも比類のないほどの豊かさを持っており、地球上で私たちが生き延びるために欠かせない存在だ。私たちの地域や世界経済、生活の糧や豊かな暮らしは、海がもたらす恩恵に直接結びついている。
海の恵みのひとつは食料、特に海産物で、国連食糧農業機関(FAO)の推定によれば、世界全体で15億人の動物性たんぱく質摂取量の約2割をまかなっている。
深海の生物は、栄養素の再生、酸素の生成など、世界の生物地球化学的循環において重要な役割を担っているとともに、世界の炭素循環を通して地球の気候安定にも一役買っている。自然のシステムに取り込まれ、「固定」される大気中の炭素の推定で半分は海洋に循環している。海洋は最大かつ長期的な炭素シンクであるだけでなく、地球の二酸化炭素の93%は海洋に溜まり、循環している。さらに、外洋の深海は遺伝子資源の最大の宝庫で、がんの治療薬といった商業的、産業的な用途に高い関心が集まっているものもある。
つまるところ、海洋なしでは現在の私たちの生活は成り立たないのだ。
これほどの生物多様性を持つにも関わらず、沿岸国の管轄権が及ばない外洋と深海は、地球上で最も保護されていない領域であるといえよう。これは、海洋が、すべての国と国民が所有権を共有する「グローバル・コモンズ」という状況にあるために、いかなる国や団体も、その保護に責任を負っていないことと関係しているかもしれない。長い間、海洋資源は無尽蔵だと考えられ、その利用は「自由海論」という概念によって導かれてきた。
自由海論は、1609年にオランダの法律家で哲学者のユーゴ・グロティウスが提唱した原則で、海は国際領域であり、どの国も海を自由に利用して航海をともなう貿易を行えるというものだ。海洋は魚というたんぱく質の供給源であり、物流ルートであり、クルーズ観光や軍事活動、さらには深海ケーブルの敷設場所とみなされ、事実上、これらは制限なしで行われてきた。
1982年に採択され、1994年に施行された海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)は、「海洋における憲法」と考えられているが、やはり同様に、公海は、公海の自由の概念のもとにすべての国が利用できると規定している。その利用法には、航海、上空飛行、漁業、科学的調査、海底ケーブルやパイプラインの敷設、人工島などの設置も含まれている。
自由と責任をバランスさせたUNCLOSの文面は、漁業や海運、汚染、海洋投棄、石油やガス、鉱物の掘削などによる積み重なるプレッシャーが「コモンズの悲劇」をもたらしかねないという認識が生まれてきた兆しと見ることもできるかもしれない。
1980年代に高速船や冷蔵技術といった新しいテクノロジーが発達したことで、より遠方、そしてより深い海の探査が可能になり、生物多様性や漁業資源の枯渇をもたらしたが、この傾向は今でも続いている。世界中のあらゆる環境評価が、多くの海域で海洋生物資源の深刻な減少、棲息域の喪失、汚染の急速な進行、そして水質悪化がみられることを明らかにするとともに、このような海洋環境の全体的な劣化に、気候変動の影響や、将来的には海洋の酸化が追い打ちをかけることを明らかにしている。海洋環境を持続可能な限界を超えて利用し続ける現在の傾向が、地域レベルでも世界全体でも、経済に悪影響を及ぼしている。
科学的調査により、資源が枯渇して生態系が限界に来ていること、そして海洋環境が悪化し続けていることを示す証拠は増え続けており、これは自由海論の時代の終焉を示唆している。事実、海洋への規制は増えてきている。UNCLOSに加え、(生物多様性条約など)国際条約、漁業協定、海洋汚染防止協定などにより、特定の活動は規制され、保護措置が規定されている。
地域協定も、そうした協定が存在する地域では、共有の地域資源の利用や保護に関してますます特化されるルールとして、規制の網に加えられている。なかには南極条約のように、生態系や予防的アプローチの導入に向けた新たな方策の先駆けとなった先進的な条約もある。一方では、クロマグロなど特定の生物種を対象とした規制もある。
既存の方策の実施には改善の余地がある。国際自然保護連合の研究によれば、地域的方策には大きな地理的ギャップがあり、全体的に見ると、既存の協定は、海洋空間や資源のすべての利用を適切に網羅しているわけではない。
たとえば、生物学的探査や気候変動緩和技術といった新たな活動には、詳細な国際ルールや基準は存在せず、生態系アプローチや予防的アプローチといった現代の保護原則は、必ずしも常に取り入れられているわけではない。また、海洋全域に一貫して海洋保護区(MPA)などのエリア単位の管理ツールを適用することは不可能であり、環境影響評価(EIA)や戦略的環境評価(SEA)といったツールも同様である。
こうした不足をみれば、世界の海洋全体の管理が不十分だということは、驚くようなことではない。MPA内で何らかの保護下にあるエリアは、海洋全体のわずか1.17%にすぎない。
しかし、この数字は真実を語っていない。概して沿岸に近いエリアは比較的よく管理・保護されており、大陸棚の4.32%は保護エリアになっている。
海洋の生物多様性に迫る脅威の増大と既存の法規制に存在するギャップをみれば明らかなように、国家の管轄権が及ばない海域への対処は喫緊の課題で、その解決には世界の協力が必要だ。誰もが利用可能だからこそ、概して個々の利益が最優先されがちで、保護や持続可能な資源管理への意欲も限られてしまうからだ。
国家の管轄権が及ばない海域の生物多様性を持続可能に利用かつ保護しようという主張には説得力があるが、同時に国家を含めて海洋の利用者間の平等を考慮しなければその達成はできない。深くて、潜ることが困難な深海に到達するには、膨大な資金、そして、多くの場合は高度なテクノロジーが必要とされる。先進の調査船や機器、潜水機材と遠隔操作可能な乗り物で一帯を調査できるのは、豊かな先進国のみだ。
海洋遺伝子に関する特許の調査によれば、必要な技術を持ち、そうした特許を申請しているのはわずか数カ国にすぎない(上位3カ国は米国、ドイツ、日本)。こうした国は、これらの特許や、医薬品から酵素まで、深海の有機体を利用した製品に関連して金銭的恩恵を得られるため、さらなる発見に向け、より多くの資源を投資できる。従って、能力育成と技術移転に本気で投資しない限り、時とともに能力と収入の格差は拡大するばかりだろう。
能力の不均衡と、共有資源とみなされるものの私有化拡大が進む中、開発途上国の多くが国連の枠組内で問題に対処しようとしている。国連総会では、特に海洋に関する課題を考えるうえで2つのプロセスが義務づけられている。国家の管轄権が及ばない海域における海洋生物多様性の持続可能な利用と保護に関連した課題について調査する非公式公開特別作業部会(作業部会)
と、海洋法条約非公式協議プロセス(協議プロセス)だ。
UNCLOSの草案が、深海海底での遺伝子資源探査が予測できる以前に書かれたために、そうした探査に水中資源(魚など)と同様に「航海の自由」が適用となるのか、また海底の鉱物資源と同様に「人類共通の財産」にあてはまるのかが明確でなく、それがこの議論をいっそう複雑なものにしている。
人類共通の財産であるという原則があてはまるなら、国家の管轄権が及ばない深海の海底から遺伝子資源を集め、商用利用している国々と、それができない国々の間で何らかの利益分配があるべきだ。特にG-77や中国など、開発途上国のほとんどが人類共通の財産という原則を支持している一方、先進国は、医薬品など海洋遺伝子資源から得た製品はすでにすべての国の利益となっており、規制強化は望ましくないと主張している。
この課題に関する議論は長年行き詰まっていたが、2011年に国連作業部会が総会主導で進めることを勧告した。国家の管轄権が及ばない海域の海洋生物多様性の持続可能な利用と保護に向けた法的枠組みがあれば、既存の方策の実施やUNCLOS下での多国間合意への努力を含め、格差を特定し、前に進むことができると作業部会は勧告したのだ。その過程では、利益分配の是非、MPAやEIAなどのエリアベースの管理ツール、能力育成と海洋技術の移転を含め、海洋遺伝子資源に関する課題が検討されることになる。国連総会は決議案A/66/L.21により、協議の開始に合意した。
国家の管轄権が及ばない海域の生物多様性および資源の保護・管理の改善への努力が国際的に進む中、沿岸域の管理者は様々なステークホルダー、および地域から国家まで、複数レベルの政府との協力の必要性に迫られている。沿岸開発から漁業や観光業、輸送まで、様々なセクターの事業体の懸念や優先課題への考慮も必要だ。多くの環境問題の解決には、生態系や資源、生物種の移動ルートなどを共有する近隣諸国と協力した上での努力が必要で、地域協力に向けた協議や機関が不可欠だ。
国家の管轄権内の海域の管理と、管轄権が及ばない海域の管理の違いは、所有権や権利、責任によるものだ。国家の管轄権が及ばない海域やその資源は誰の所有物でもないが、誰もが利用する権利を持っており、海洋環境の保護と保全は全体の責任であるにも関わらず、その保護に直接責任を持つ者はいない。
所有権や権利に関するこうした基本的な違いはあるものの、沿岸域管理から学んだ教訓のいくつかは、国家の管轄権が及ばない海域にも適用できる。それは、管理においては生態系的アプローチと予防的アプローチの両方を利用すべきこと、実際のステークホルダーの参加のもとで、保護と管理のコストと恩恵を平等に分配するという原則に基づいて管理努力を進めるべきことだ。
管理は可能な限り最高の科学に基づいて行うべきだが、場合によってはその地方、または伝統知識に基づくべきこともあり、柔軟な管理が可能になるように、モニタリングも行うべきだ。また、MPA、EIAやSEAなど、現代の保護ツールに関しては、世界の多くの国や地域で経験が蓄積されている。中には、国家の管轄権が及ばない海域と類似した深海域で適用された事例もある。こうした経験は、世界の海洋全体の管理とガバナンスに価値ある洞察をもたらしてくれるだろう。
国家の管轄権が及ばない海域における海洋生物多様性管理を改善するための国際協議は始まったばかりだが、将来的には重要な議論のトピックになるだろう。議論は続いているが、すでに既存の方策の実施法の改善を通じて前進している地域(国家の管轄権が及ばない海域に6つのMPAを持つ大西洋北東部など)
もあり、地域ベースの管理努力が始まっている地域もある。機関や国際協定間での協力や協調、また国や地域による自主的活動が行われる可能性もある。
こうした努力は有意義だが、それだけでは海洋全体の生物多様性喪失傾向を逆転させることはできないだろう。また、それだけでは平等性や、新たな海洋利用、海洋活動の問題を考慮しつつ、海洋における人間の活動を総合的にかつ連携して管理することはできないだろう。
6月にブラジルで開催予定のリオ+20会議は、国家の管轄権が及ばない海域の今後の管理と保護を検討するうえで、重要で価値ある機会を提供することになる。既存の方策の実施方法を改善する方法や手段もそうだが、2011年6月に開催された国家の管轄権が及ばない海域の海洋生物多様性に関する作業部会と、国連総会の決議案A/66/L.21に従って、UNCLOS下で多国間合意を導くこともできるだろう。そうした合意は、現代の保護措置(例えばMPAやEIAなど地域ベースの管理ツールも含めて)や、海洋遺伝子資源と利益分配法なども検討しながら、国家の管轄権が及ばない海域における海洋生物多様性の持続可能な利用と保護に対処するものであるべきだ。
能力育成や海洋技術移転も含め、すべての課題を総合的に検討することが重要だ。国家の管轄権が及ばない海域のガバナンスの改善は、生物多様性上有益であるだけでなく、将来の環境変化を乗り越え、より持続可能で平等な経済を構築していくうえで役に立つものとなるだろう。