タンガニーカ湖地域におけるジェンダーと漁業

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  • 2018年1月18日

    ペートゥル・ウォルドルフ

    Left Out to Dry? Gender and Fisheries on Lake Tanganyika

    Photo: Pétur Waldorff / UNU-GEST

    この記事は、「Gender Full Spectrum(ジェンダー・フル・スペクトラム)」シリーズとして、国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)のウェブサイトに掲載された記事を再掲載したものである。元の記事はこちら。同シリーズは、ジェンダーの視点から見た研究結果、ジェンダー研究における方法論の課題、ならびにジェンダーに関する時事問題において多様な視点に立った議論をレポートしている。

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    タンザニア北西部、穏やかな入り江の湖面に複数のボートが浮かぶ。小規模漁業および湖(現場)から市場までのバリューチェーンについて調査を行うために、キゴマ地区のある村を訪れている。ここでは、ジェンダーによる障壁を特定し、バリューチェーン全体のプロセスを改善する方法を探るために、特に男性と女性の果たす役割の違いに重点を置いて調査を行っている。

    9月が間近に迫るこの時季、通常この辺りでは漁の最盛期を迎えている頃である。しかし、今年は様相が一変し、大半のボートはしばらく漁にでておらず、魚の干し台や燻製窯は使われないままである。漁獲量が極端に少ないせいだと、現地の住民は話す。本来であれば今頃、浜辺にはイワシに似たダガーという小魚が日干しにされている光景が広がっているはずである。ダガーはタンパク質の供給源として地域全体で人気の食材であり、なかでもキゴマ産のダガーは非常に良質であるとされ、タンザニアの各都市のみならず、ブルネイ、コンゴ民主共和国、ザンビアといった近隣諸国でも売られている。

    世界の漁業分野において、女性は重要な役割を果たしているが、いわゆる漁業を行う「漁師」といえば男性であるとの固定概念が存在する。この概念により、これまで伝統的に女性が担ってきた役割を目立たなくさせ、その役割はあまりに軽視されている。仕事はジェンダーによって分けられることが多いため、バリューチェーンを分析することによって、経済面だけでなく、ジェンダーによる仕事の違い、差別、バリューチェーン内の変化による社会的影響についても理解を深めることができる。例えば、タンガニーカ湖での漁獲の仕事は男性で占められるが、魚の日干しや燻製、販売の仕事は女性が中心となって担っていることなどが分かっている。

    小規模漁業のバリューチェーンに見られるジェンダーによる差別は、女性の仕事のバリュー(価値)が低いとされていることに起因する。さらに、女性たちの融資へのアクセス、加工・保存技術や施設へのアクセス、研修の機会が限られていることによってこの問題は常態化している。そのため、女性は漁業分野で重要な役割を果たしているにもかかわらず、男性よりも資源や資金を利用できる機会、そして意思決定プロセスへの参加の機会が限定されることとなる。これによって多くの発展途上国では、女性の仕事がバリューチェーンの中において賃金の低い部門とインフォーマルセクター(行政の管理外における市場)に限定されてしまうである。

    その結果、漁獲量の減少や産業の自動化の煽りを受けて真っ先に仕事を失うのは女性となる。そして実際に、そうした事態がビクトリア湖(タンガニーカ湖北東部)の陸揚げ場で起こっている。ここでは、技術の向上・開発に向けた取り組みに加え、民営化が進められたことで、女性が担ってきた魚の売買や加工といった仕事が奪われてしまった。

    「最も弱い部分」を支えるために

    トタン屋根の小さなレンガ小屋に腰を下ろし、タンガニーカ湖の小規模漁業のバリューチェーンに携わる関係者から話を聴いた。目の前の、砂ぼこりの通りは活気にあふれ、何台ものオート三輪タクシーが客を拾うそのすぐ横の市場では、女性たちがトマトなどの野菜や小分けに盛った魚の干物を通行人に見えるようにきれいに並べて売っている。

    小屋は地域の漁業組合の所有であり、その漁業組合を率いているのは、通常は男性が支配力を持つであろう分野にて成功を遂げた女性である。彼女は「男性社会」と呼ばれる世界で成功を収め、この地域でボートの所有者となって事業を成功させた多くの女性の例に漏れず、離婚を経験している。こうしたことから明らかに、この地域の男性、特に別の分野で働く男性は、女性の成功を受け止めることができないという状況が見て取れる。

    筆者は今、湖で夜間の漁を終えて帰ってくる漁師のために温かい食事を用意している女性たちから話を聴こうとしているところである(彼女たちは、この現地調査の視察中に取材した人たちの中で最も社会的立場の弱いグループの1つである)。その小屋の中で、1人ひとり個別に聴き取りを行った。彼女たちは、色とりどりの布にくるんで連れてきた自分の子を抱いてあやしたり、母乳を与えたりしながら、自らの置かれている状況について話をしてくれた。

    彼女たちは、自分の子どもはよくおなかをすかせたまま寝ることがあるとか、魚と引き換えに売春を余儀なくされる女性がどれだけいるかなど、自分たちの立場の脆さ、弱さを説明する。ある女性は、「ボートの船長が(体の)関係を求めてきた時に私たちがそれを断れば、大抵、大変なことになります。つまり、そのボートが漁から戻ってきても魚を分けてもらうことができなくなるのです」と話した。

    取材中、そのような苦境に遭いながらも立ち直る彼女たちの強さに胸を打たれた。しかし、精神的な強さにも限界がある。外部からの助けが必要な場面は多い。かと言って、開発関係の仕事に従事している人が、ジェンダー問題を十分に理解せず開発支援を行えば、支援どころか、むしろ悪影響をもたらすことになる恐れがある。ここで「持続可能な改善」の鍵となるのは、バリューチェーンに関する理解を深めることであり、つまり、バリューチェーンの機能、湖周辺の地域住民との社会経済的な関連性、そしてバリューチェーン内部におけるジェンダーと権力の力関係を理解することである。


    極貧地域でありながら豊富な水産資源に恵まれているタンガニーカ湖地域について私たちが行ったジェンダー・バリューチェーン分析は、アイスランドを拠点とする国連大学ジェンダー平等研究研修プログラム(UNU-GESTおよび国連大学水産技術研修プログラム(UNU-FTP)による共同研究である。また、ジェンダーに重点を置いたバリューチェーン分析シリーズ(ジェンダー・漁業・開発の複雑な世界をテーマとする私たちの最新の注力領域)における最初の研究プロジェクトとなる