2013年8月26日
写真:金成かほる、国連大学高等研究所
2013年6月8日、持続可能な農業クラス(国際連合大学高等研究所の環境ガバナンス修士課程の一環)を受講する学生たちは、講師のラケル・モレノ=ペニャランダ博士と共に、高速道路で東京から2時間、車を走らせた。目的地は、魚住さんご一家が茨城県で営む農業生態学的な「提携」農園だ。
山や畑に囲まれ、初夏の太陽が降り注ぐ、広さ3ヘクタールの小さな農園には、家族が住む家、温室、果樹園、鶏舎、隣接する水田があり、近くには野菜畑がある。農園主の魚住道郎さんと妻の美智子さんは40年以上にわたって、農業生態学的手法(つまり、化学肥料や除草剤といった農薬を一切使わない方法)だけを利用して作物や家畜を育てている。
魚住さんは現在、日本有機農業研究会(JOAA)の副理事長を務めている。JOAAは農業生態学的手法の農業への利用を推進する団体で、1970年代初めに日本版のコミュニティ支援型農業と言うべき提携運動を開始した。
農業生態学は、認定有機農業の基準を超えた意味を持つ。人々は認定有機農業の基準が実際のところ農業の持続可能性にどんな貢献をするのか、ますます関心を寄せるようになった。なぜなら、この認定のおかげで、単式農法が行われたり、遠方の市場で購入された有機原料が使用されたりするからだ。それとは対照的に、世界中の数千件もの農業生態学的農家と同様に、魚住家の人々は自然の生態学的過程と協調しながら、地域の資源と自らの農業技能を駆使して、生産的で多様性に富み、しなやかな強さを持つ農業生態系を小さな農園で創造しようとしている。
提携システムでは、消費者と生産者の共同的なパートナーシップに重点を置かれるが、これは農業生態学的な農法にとっても自然な在り方である。
提携システムでは、消費者は労働と資本を通して生産に参加する。その見返りとして、消費者は地元で採れた旬の有機食料を農園から直接手に入れる。JOAAによると、提携農家は通常、地元の30~100世帯に生産物を供給する。
魚住さんご夫妻は東京農業大学を卒業すると、有機農業への情熱を行動に移すことにした。そこで、会社と都会の暮らしを捨て、お子さんたちと共に農村部にある現在の農園に落ち着いた。面白いことに、魚住家は労働者を雇わずに農業を営んでいる。 人を雇わない代わりに、提携システムの会員たちが時折、自主的に手伝ってくれる。収穫時期になると、魚住家は提携消費者に農園の手伝いに来てくれるように「招集をかける」。そういう機会に、消費者たちは労働を提供し、生産者と触れ合い、収穫の喜びを共有するのだ。
魚住家は薫り高い緑茶と活気あふれる講義で私たちを歓迎してくれた。講義では魚住さんが、2011年3月に起きた東日本大震災とその後の津波の被害以降の土壌の放射能汚染に対するJOAAの取り組みを解説してくれた。災害の結果、損壊した福島第一原子力発電所から大量の放射性物質が放出したのだ。魚住農園は第一原子力発電所から130キロ離れているため、30キロ圏内の避難区域からは外れている。にもかかわらず、同地域の他の全ての農家と同じく、魚住農園の土壌も、放射性セシウム134とセシウム137に汚染された。
幸い、各セシウムのレベルは安全基準値をはるかに下回った。日本の食品衛生法では、土壌のセシウム含量の安全基準値は1キロ当たり5000ベクレル(Bq/kg)とされている(放射性セシウムのおよそ半分はセシウム137なので、セシウム137の安全基準値は2500Bq/kgとなる)。魚住農園の田畑15箇所で土壌検査を行ったところ、平均セシウム総量はおよそ175Bq/kgだった(災害前の日本の平均値は25Bq/kgである)。
魚住さんは、土壌に含まれる汚染物質が、そこで栽培された野菜に全て入り込むわけではない理由を説明してくれた。また、食品の汚染に関する安全基準値は土壌の安全基準とは異なる。日本では、野菜に含有される放射性セシウムの安全基準値は500Bq/kgだ。魚住さんは栽培中の作物に検査を行った結果、作物に移行するセシウムの量に、ばらつきがあることが分かった。野菜の種類によって、放射能を吸収する量が異なるからだ。
こうした検査はまだ初期段階であり、決定的な結論を導き出すことはまだ不可能だ。しかし魚住さんは、土壌の質(特に腐植質)が放射能移行過程において重要だと考えている。化学肥料ではなく、主に落ち葉や鶏の糞尿や米ぬかから作られた堆肥を利用することで、土壌と作物の両方でセシウムの含有量を低減できる。なぜなら腐植質(そして粘土質)は、土壌が放射性セシウムを吸収し固定する力を強化するからだ。
実際、JOAAは放射能汚染への対策として有機農業の普及を促進している。豊かな有機土壌は、放射能汚染に対する回復力を、従来の方法で管理された土壌よりも効果的に提供する。さらに提携システムの働きかけによって農家と漁業従事者が沿岸の山岳地帯で植林活動を協力して行い、資源や、森林と農園と海洋の間のエネルギーサイクルを強化しようとしている。こうした取り組みも、農業システムの全体的な持続可能性やレジリエンスの強化に貢献している。
講義の後、魚住さんは私たちを近くの農園施設に案内してくれた。彼はまず水田に連れて行ってくれた。そこでは、魚住家が管理する種から伝統的な米の品種を育てており、自然の小川から水を引いている。
魚住さんの説明を聞いた後、私たちは水田の水が少し濁っていることに気づいた。また、ところどころに雑草が生え、水生動物が見られた。その一方で、農薬を使用している近隣の水田は完璧なまでに水が澄んでおり、生物多様性の欠如をうかがわせた。魚住さんは友人の漁師の助けを借りて、稲作と養魚を組み合わせた農法を行っていた。ところが今年、その友人が引退してしまい、魚を入手できなくなった。こうした状況の変化は、日本の農村部における高齢化の影響を連想させる。高齢化は、多くの里山に活用されていない農地を生む原因だ。
次に、私たちは鶏舎へ移動し、堆肥床とエサの原料を見せてもらった。魚住さんが特に強調されていたのは、エサには遺伝子組み換え生物が含まれず、栄養バランスがよいため、鶏の健康だけではなく鶏卵の品質も守られているということだ。鶏卵は100世帯の提携消費者に供給されるだけではなかった。魚住さんは毎週、3月11日の被災者数人に無料で鶏卵を提供しているのだ。魚住さんは養鶏と農業の間で、どのように資源をリサイクルしているか、詳細にわたって教えてくれた。例えば、鶏舎の床には土が敷かれていて、毎週、鶏の糞尿が混ざった土を堆肥用に回収する。
新しい体験の連続だった刺激的な午前が過ぎ、私たちは再び日本流のおもてなしを受けた。親切にも魚住ご夫妻が用意してくれた、おいしくて健康的な有機素材の昼食をいただいた。全ての材料はご夫妻の農園で採れたものだった。お米、レタス、タマネギ、卵、ブロッコリー、そして手作りのマヨネーズなどだ。都会からやって来た私たちにとって、農園での食事は東京で食べる何よりもおいしく、新鮮に感じられた。
おいしい豊かな食事でしっかりとエネルギー補給をした私たちは、魚住ご夫妻と義理の息子さん、そして埼玉大学から来ていた2人のインターンと一緒に、近くにある収穫間際のタマネギ畑へ向かった。タマネギの種は9月にまかれたので、収穫までに約9カ月が掛かったということだ。私たちは土から引き抜く正しいやり方や、4~5個ずつ束にする方法を教わった。しばらく体を動かした後、私たちは近くの貯蔵小屋にタマネギをつるすために、列になって流れ作業を行った。
このユニークな1日の締めくくりに、魚住家からすばらしい贈り物を頂いた。タマネギだ!
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このフィールドトリップは、国際連合大学高等研究所(UNU-IAS)修士課程環境ガバナンス生物多様性研究科の持続可能な農業コースの一環として行われました。
持続可能な農業コースはラケル・モレノ=ペニャランダ博士が指導しています。ペニャランダ博士は国連大学高等研究所のいしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットのリサーチフェローで、UNU-IAS修士課程環境ガバナンスプログラムの講師でもあります。主な研究領域は、持続可能な自然資源の管理で、特に都市と農村部における持続可能性と幸福の関係に注目した農業システムです。彼女はコンサルタント、アドバイザー、リサーチコーディネーターとして、地方自治体や国際的な環境NGOや市民社会組織、多国籍開発機関との多くの経験を持っています。母国スペインでは生物学を専攻し、環境分析の科学修士号(MSc)を修得、またカリフォルニア大学バークレー校でエネルギーおよび資源の博士号を修得しています。
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訂正箇所: