見落とされるイノベーションと起業家たち

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  • 2011年7月12日

    アンディ・ホール

    見落とされるイノベーションと起業家たち

    Photo: CIMMYT

    様々な組織を、昔ながらの方法で漏れなく分類したい人にとっては、今は混乱の時といえるだろう。今では新しい起業家階級があり、彼らは市場の外や政策の対象から外れた目立たぬところで主に活動し、新しく破壊的な開発手法を開拓しつつある。そして公共政策が課題として掲げる社会問題や環境問題に取り組んでいる。

    例えば「BRAC」として知られるバングラデシュ農村向上委員会を見てみよう。これは「貧困、非識字、病気、社会不平等に苦しむ人々の権限拡大」を使命とする非政府組織である。と同時にBRACは農業投入材の供給とアグロ・プロセッシングの両方に取り組むNGOの主な価値連鎖プレーヤーでもある。 民間の農産業にとっては深刻な脅威となりうるが、貧しい顧客層にとっては救いである。BRACは社会的起業家精神を基本戦略の1つとして掲げている。

    ケニアのReal IPM社は、バイオ農薬を生産し、東アフリカの園芸セクターに販売して利益を得ている。その企業哲学がグリーンに徹しているだけでなく、彼らは最近、新しく巨大な市場機会、つまり貧しい農民たちを対象に資本を投じている。Real IPM社は、イギリス国際開発庁のResearch Into Use(リサーチから実用へ)プログラムと協同し、村単位のアドバイザーのネットワークを築き、主食のトウモロコシの根寄生雑草ストライガに効くバイオ農薬を小規模農家対象に宣伝し、販売しようと試みている。

    Farm Input Promotions (FIPS)は非営利組織の形態をとり、東アフリカ各国の農業研究組織が開発した新しい作物種へのアクセスに関して交渉を行っている。また、農業投入材の供給会社とも協力し、小規模農業主でも購入できるマイクロシードと肥料を生産するよう交渉している。

    Well Told Story Ltdはケニアのマルチメディアプラットホーム(印刷物、インターネット、ラジオ)を持つ企業で、ソフトドリンクと携帯電話会社に宣伝スペースを販売すると同時に、農業開発に関する広報活動を行い開発エージェントから収益を得ている。

    貧困者向けのイノベーションシステム構築の概念が行き詰まりを見せている中、上記のような組織はイノベーション能力開発に新たな道を切り拓くことができるのだろうか。この疑問に答えるには、まずはイノベーションシステムの考えがどのような点に貢献し、どこで行き詰まったのかを検証するのが良いだろう。

    イノベーションシステムの考えが農業と農村開発に対して行った最大の貢献は概念的なものである。これにより、立案者たちはイノベーションというダイナミックプロセスの中で農業リサーチがどこに位置するかを再考することができ、プロセスに関わる各種リサーチの連携の重要性も示された。イノベーションシステムの考えとは、イノベーションをどのように組織化するかを示す青写真ではなく、様々な目的や状況に応じイノベーションを組織化するためには実に多様な方法があるのだということ示すメタファー(比喩)なのだ。しかし、そのような(集中型ではなく)分散型の創造性の中心となるメッセージは、どうすれば国際開発の課題のうち、社会的環境的持続可能性の側面に対処するため聞き入れてもらうことができるだろうか。

    様々な活動と政策の連携と一貫性を強化するため、様々な運用戦略が提案されてきた。このような戦略の多くは公共セクターと民間セクターの協調関係に左右される。より一般的には、民間セクターがイノベーションプロセスにおいていかに推進力を発揮するかに左右される。しかし現実には協調関係は難しいことがわかってきた。新たな提携がなされた場合でも、イノベーションを社会的で持続可能な開発の課題へと方向付けるための管理が一番のネックとなる。この辺りがイノベーションシステムの考えを実用するにあたっての限界なのかもしれない。

    見落としがちなもの

    大いなるパラドックスは、私たちが仰々しい名を冠した対貧困農業革新システムを考案しようと苦心している間にも、社会的レレバンス(適切性)があり、かつ持続可能なイノベーションは既に何年も存在してきたという点だ。BRAC、Real IPM社、FIPS、Well Told Storyなどは全て、拡大しつつあるそのようなイニシアティブの一部だ。その中には古いものもあれば、現代的なものもある。インドの女性によるチプコ環境保護運動、SRI農法(コメ高収量システム。コメ生産イノベーションへの低投入アプローチ)、バングラデシュのムハマド・ユヌス氏によるマイクロファイナンスアプローチ、シューマッハーの中間工学の哲学、イギリスのエールを守る協会などなど実に様々だ。(このイニシアティブには世界の低所得者層向け社会事業が地図上に示されている)

    程度の差こそあれ、これらのイニシアティブはいずれも既存の生産とイノベーション手法を破壊してきた。しかし、この種のイニシアティブの多くは(認知能力と分析的な理由から)市場や政策の目の届かないところで行われている。これらは利益と社会の変化の機会を提供しているにもかかわらず、多くが失敗に終わり、国内、国外で注目を集めるのはほんのわずかに過ぎない。私たちはイノベーションを真に推進するものが何かを誤解し、創造性の主な源泉を見落としてしまったのだろうか?

    別の分野の先駆者や予言者を考えてみれば、農業や農村開発においても、伝統的な市場先導型のイノベーションが対象としていないものの、社会・環境的に重要な課題や機会がいろいろあるのは明らかだ。

    ここで、1930年代にオーストリア出身の経済学者・政治家学者ヨーゼフ・シュンペーターが記したイノベーションに関する初期の書物に立ち返ってみるのも価値あることだろう。彼は破壊の連続について語り、起業が主要な創造力であること、利益を得るには何か違うことをすべきだということ、新方式を導入し、そのために旧式のものを創造的に破壊すべきだということを指摘している。今の状況と似ていないだろうか?

    リスクを背負うということの他に、起業に伴うものとして何があるだろう。起業とは新たな結果を生み出すための様々なアイディア、資源、人材、プロセス、機関、方針を責任を持って整理することだ。まさにこの点こそ、イノベーションシステムの考えが主張していることではありながら、その指揮の仕方で苦労しているところである。

    私たちが特に関心があるのは特定の民間セクターや会社ではなく、起業全般についてであると認識すると、上記の点は、様々な起業とイノベーションの形と、それらの相乗効果の可能性について考えさせてくれる。市場型起業(利益のため)、社会型起業(社会の変化のため)、環境型起業(環境の変化と保護のため)の3つの型だ。

    社会型企業に関する資料が明確に指摘するとおり、このように区別することは社会型起業が市場型、環境型の内容にも取り組んでいるという事実を見えづらくしている。それらには、自分たちの科学を生かす方法を見つけ社会型起業家としての役割を果たしている研究者も含まれる。興味深いことに、市場型、社会型、環境型の関心事の交差する地点でイニシアティブを切り拓いている起業家が増えつつある。冒頭で紹介したイニシアティブはそのカテゴリーに含まれる。

    このようにハイブリッド型で、活動の見えづらい起業家精神を、企業の社会的責任(CSR)と混乱してはいけない。そのような起業には利益と社会的変化を同時に求める組織も含まれる。しかしここで重要なのは、それは必ずしも利益優先ではなく、そういった個人や団体は、利益と社会的変化の間のトレードオフを喜んで受け入れるという点だ。彼らは自分たちが旧式の愚かな方式とみなす因習を打破していく傾向にある。

    これらのニッチな起業家が少しずつ目立つようになってきているのは、いくつかの要因がある。まず、法人セクターの貧しい人々の巨大な市場を切り開く能力の有効性に限界が来ているのではないか(それにより代替的な組織の機会が増えている)。また環境的に脆弱な生産域における既存のイノベーション手法にも限界が来ている。さらに、イノベーションの重力の中心が北半球の企業社会から、南半球の経済的社会的ダイナミズムへとシフトしてきている。

    イギリスオープン大学のラファエル・カプリンスキー氏とその同僚らはこの新たな破壊的イノベーション手法がインドや中国で主要になり、それが世界的なインパクトを与えるだろうと主張している。

    21世紀へようこそ

    この動きを前進させるには、目立たないが社会的な起業家たちを支援するための政治的関心をもっと集めなければならない。新しい社会的適切性のあるイノベーションシステムを作ろうという試みをやめるべきではない。それより、イノベーションシステムの原則を用い、南半球のほとんどの国々、そして北半球でも最も重大な開発の目標に取り組むビジネスモデルを開拓しつつあるハイブリッド型の手法を促進していくべきだ。

    起業や法人セクターにも機会はある。目立たぬ活動を続ける起業家は貧しい人々の巨大な市場へのアクセス方法を見つけるべく、新しいビジネス手法を採用している。これは、その規模、構造、捉え方などの問題で大企業ができずにいることだ。しかし、既存の市場でのシェアが限界に達している会社にとっては非常に魅力的だろう。

    つまり、これはイノベーションを支援するよう政策を大きく転換することを意味する。これらは新たな「産業基準」を目指した誰もが真似して移転できるような試験的モデルではなく、多様な起業家と、多数のニッチに存在する起業手法などをサポートすることである。さらに、イノベーションは主に(特に初期の間は)自己編成的なもので、それを動かすのは起業精神だ。初期段階での起業支援と場所の創出は非常に大切なので、方針についてはその補助的なものとならなければならない。

    きわめて皮肉なことだが、未来の農業イノベーションシステム構築に思い悩む一方で、それらが目に見えるものであれば、常に私たちの元にあったことに気がついていたただろう。今日の課題は、20世紀の組織カテゴリーが次第に無効になりゆく中で、絶え間なく変わるイノベーションパターンへの構造的支援の方法を導き出すことである。

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    本記事は、UNU-MERIT と食料農業機関(FAO)のジョイントイニシアティブであるLearning, Innovation and Knowledge (LINK)発行の「LINK Look」の記事を要約したもの。