2023年1月11日 ハミルトン
世界各地にある約5万基の大規模ダムで建設当初の総貯水容量の13%から19%が堆砂(たいさ)により失われたと見積もられ、2050年までの総減少率は23%から28%に達すると国連の調査が警鐘を鳴らします。
今世紀半ばまでに世界中で失われると予測されるダムの貯水容量(約6兆3,000億㎥から2050年に約4兆6,500億㎥まで、約1兆6,500億㎥の減少)は、インド、中国、インドネシア、フランス、カナダの年間水使用量の合計にほぼ等しいです。
カナダを拠点とする国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)は、世界各地で事前に測定された貯水容量減少率を150カ国の大規模ダムに適用し、国・地域ごとおよび世界全体における貯水容量の累積減少率を予測しました。
その結果、2050年までの貯水容量の減少率はイギリス、パナマ、アイルランド、日本、セイシェルで最も高く、建設当初の容量の35%から50%になると予想されています。対照的にブータン、カンボジア、エチオピア、ギニア、ニジェールの5カ国では、今世紀半ばまでの減少率が15%未満で、この問題から受ける影響が最も少ない国です。
「すべての国と地域で2050年までに利用可能な貯水容量が減少することにより、灌漑、発電、給水など、国家経済のさまざまな局面に難題がもたらされます」とUNU-INWEHのドゥミンダ・ペレーラ博士は述べます。ペレーラ博士はUNU-INWEHのヴラディーミル・スマッティン所長、マギル大学(モントリオール)のスペンサー・ウィリアムズ氏と共同でこの研究報告書を執筆し、報告書は学術誌「サステナビリティ」に掲載されました。
「建設中や計画中の新しいダムによって、堆砂による貯水容量の減少が相殺されることはありません。水に関するこの世界的な問題が徐々に重大になっていること、そしてそれが開発に重大な影響をもたらし得ることについて、私たちの報告書で警告を発しています」
研究者らは、すでに確立された世界中の貯水容量減少率を、国際大ダム会議(ICOLD)が管理するデータベースにある6万基近いダムの一部に適用しました。対象となったのは、建設当初の貯水容量と建設年が分かっている4万7,403基の大規模ダムです。そのうち、2万8,045基はアジア・太平洋地域、2,349基はアフリカ、6,651基はヨーロッパ、1万358基は北・中央・南アメリカにあります。
堤高が15 メートル超、または5 メートルから15 メートルで貯水容量が300万㎥超と定義される大規模ダム・貯水池は、多くの場所で水力発電、洪水制御、灌漑、飲料水に不可欠です。
河川の堆積物はダムの堰(せき)の後ろに堆積します。軽視されがちなこの問題は、今や世界の貯水インフラにとって大きな課題になっており、長期的な堆積物管理戦略によって対処しなければなりません。
「堆砂は、多くの人に対する未来の水供給の持続可能性を危険にさらす深刻な問題です」とスマッティン博士は語ります。
「堆砂は下流洪水の引き金となり、浸食を引き起こして野生生物の生息地や沿岸部の人々に影響を及ぼします。摩耗性のある堆砂は水力発電タービンやダムの他の構成要素や仕組みに損害を与え、それらの効率性の低下と維持費の上昇をもたらすことがあります」
UNU-INWEHの研究によると、世界の年間貯水容量の平均減少率は、控えめに見積もって建設当初の貯水容量の約0.36%に相当します。世界における年間貯水容量の減少率に関する従来の見積もりは、概して建設当初の貯水容量の0.5%から1%の間で一致しています。
一方、その他多くの研究は、貯水池の堆砂率とそれに関連する貯水容量の減少は場所に固有であり、地域間で大きく異なることを示唆しています。
例えば、他の研究者たちの推定では、カリフォルニアにおける貯水池の建設当初からの容量減少率は、190カ所の貯水地では50%超、120カ所では75%超とされています。同様の研究で、日本の佐久間ダムでは2040年までに当初の容量の約44%が失われるとの予測もあります。
アメリカ大陸
アメリカ大陸にある19カ国には1万358基の大規模ダムがあり、貯水容量は建設当初の2兆8,100億㎥が2050年までに28%減少して2兆140億㎥になると予測されています。パナマの21基のダムは減少率が最も高いと考えられ、当初の95億㎥が2050年までに38%減少して59億㎥になる見通しです。
アメリカ大陸で米国に次いで多くの大規模ダムを擁するブラジルでは、建設当初の貯水容量である6,000億㎥が2050年までに23%減少すると推定されています。
ヨーロッパ
ヨーロッパの42カ国にある6,651基の大規模ダムの建設当初の総貯水容量は8,950億㎥でした。研究によると、このうち19%はすでに失われ、2030年までに最大21%、2050年までに28%が失われると見られています。
42カ国中33カ国(約78%)で、建設当初の貯水容量の25%超が2050年までに失われる可能性が高いですが、その一因はダムの老朽化です。2050年までの減少率が最も大きいのはアイルランド(39%)で、最小はデンマーク(20%)です。影響が最も小さいと考えられるヨーロッパのその他の国はトルコ、アイスランド、ハンガリー、キプロスです。
アフリカ
アフリカの44カ国にある2,349基のダムで、建設当初貯水容量の15%に当たる約7,020億㎥がすでに失われました。2030年と2050年までの貯水容量の累積減少率はそれぞれ17%と24%と推定されています。
セイシェルにある2つのダムではこれまでに建設当初の貯水容量100万㎥の約30%が失われ、2050年までに50%に達すると予測されていますが、これは最大の国別減少率です。マダガスカル、コンゴ民主共和国、チャド、ザンビアでは2050年までに貯水容量の30%が失われると予想され、その他11カ国でも今世紀半ばまでに25%から30%が失われると推定されています。
2050年までの貯水容量の減少率が最も小さいと予測されるのはニジェール(11%)です。シエラレオネ、コンゴ、エチオピア、ギニアの減少率は15%未満と予想されていますが、これはほとんどの場合、ダムの築年数が比較的浅いことに起因します。
ある先行研究によると、推定トラップ効率が99%に達するナイル川のアスワンダムはナイル川デルタ地域への堆砂の流出をほぼ完全に阻止しています。
UNU-INWEHによる新しい研究では、アスワンダムの2022年、2030年、2050年における貯水容量の減少率をそれぞれ18%、21%、28%と推定しています。
アジア・太平洋
オーストラリア、ニュージーランドを併せたアジア43カ国には3万5,252基の大規模ダムがあり、世界で最もダムの多い地域となっています。アジア・太平洋地域には世界人口の60%が居住し、水と食料の安全保障を維持するために貯水が極めて重要です。
アジア・太平洋地域では、2022年にダム建設当初の貯水容量の13%が失われました。今世紀半ばまでに、建設当初の貯水容量の4分の1近く(23%)を失うでしょう。
日本にある3,052基のダム(建設後平均経過年数:100年超)での貯水容量の減少率はアジア地域で最も深刻です。建設当初の総貯水容量の39%がすでに失われ、2050年までに平均50%近くの、場合によっては67%を超える貯水容量の減少率が見込まれます。
2015年、インドの中央水委員会は、建設から50年を超える141の大貯水池の4分の1が建設当初の貯水容量の少なくとも30%をすでに失ったと報告しました。UNU-INWEHは、インドにある3,700基の大ダムが2050年までに建設当初の総貯水容量の平均26%を失うと推定しています。
一方、世界で最も多くのダムを持つ中国はこれまでに約10%の容量を失い、2050年までにさらに10%を失うと見込まれています。
* * * * *
今回の論文の執筆者たちは、流域全体で堆砂の移動を一貫して監視し、個々の貯水池の水深測量調査を頻繁に行えば、概算値が大きく改善される可能性があると指摘しています。
執筆者たちは、浚渫(しゅんせつ)はコストがかさみ、その効果は一時的なことがあるとも述べています。排砂は財政面で浚渫より魅力的ですが、下流域に大きな悪影響をもたらす場合があります。
ダムが環境に与える負荷を最小限に抑えようという市民の要求の高まりから、土砂バイパス(迂回)のような解決策が支持を集めています。土砂バイパスは、下流への水流を別の水路を経由して迂回させる、堆砂が特に濃縮される増水時に対応する技法です。
ある先行研究によると、バイパストンネルは最適な運用レベルで堆砂を80%から90%軽減できます。
堆砂による貯水容量の減少を回復させるもう一つの代替策はダム堤を高くすることですが、この方法はダムの構造的強度を慎重に評価した後でのみ実行すべきです。
堤高を上げると貯水池の面積も増えることになり、周辺地域の人々や多くの種の生息地を移動させなければなくなる可能性があります。
堆積物で埋まったダムを含めて、ダムを完全に撤去することも徐々に行われていますが、これによって河川が元の自然な状態に戻り、川の流れによる堆積物の自然な移動が回復されます。堆積物には重金属やその他の毒素が含まれる可能性があるため、堆積した土砂の処理と廃棄が必要になる場合があります。
「無論、各地域の当局はこの研究結果をそれぞれの場所に固有の条件や諸要因を考慮して解釈する必要があります」とペレーラ博士は述べます。
「最も強調すべきポイントは、堆砂によって恐ろしい規模の貯水容量が失われているということです。決意をもって取り組むべき世界の水開発問題のリストに、また一つ課題が加わりました。」
♦ ♦ ♦
メディアの皆様へ
詳細情報やインタビュー等のご要望は、以下までお問い合わせください。
国連大学広報部 中張有紀子
y.nakahari@unu.edu
03-5467-1275/080-7078-4193
なお、プレスリリース原文(英語)はこちらからご覧ください。